治療後、サカヌキ村生活の実質的な初日 トオル その4


「とりあえず、今晩は家畜小屋に泊まってもいいぞ。臭いが、別に平気だろ? 他にも泊ってる連中が居るしな」

「ええ、まあ。無料ですよね?」

「ああ、無料だ。家畜小屋なら今は場所に空きがある筈だから、暫く泊っていられると思う。担当の者が小屋に居るから、声をかけとけ」


「はい、あと、色々な水回りについても確かめておきたいのですが」

「そうだな。知ってるだろうが、トイレは便壺で。いざとなったら、回収される前の誰かの家の外に出てる使用済みの便壷の蓋を開けて、借りて用を足しても良い。厭でなければ。大抵は問題ない筈だ」

「はい」


そこで、もじゃもじゃのごま塩髭が、くしゃりと歪んで横幅が拡がると、


「ただ、ご婦人の中には、勝手に使われて怒る方もいらっしゃるよ、ハハハ。どこにどんな者が暮しているか、或る程度は知っておかないと、危ないかもな」

「気を付けます」

「うん。例えば、ここは事務所だが俺の家でもあるから、そこの」


といって、部屋の隅の便壺を指して、


「便壺は勝手に使って貰っちゃ困るが、俺が用を足して外に出して置いたら、それは使っても構わないというわけだ」

「はい」

「家畜小屋とか兵営裏などは便壷だらけだから、ある意味公衆便所みたいな物だが、本当の公共の便所も広場の案内板で確認しとけ」

「はい」

「昔と違って、今はもう、女と見れば婆さん以外は誰彼構わず殿様の家来がさらって行って殿様のものにされてしまう、などと言う事は少なくともこの国では無くなったから、良い世の中になったもんだが、その分、今度は女の井戸端会議がうるさい世の中になって、俺などは閉口してるんだが、女の子ならそういう所へ顔を出せば、色々聞けると思うぞ」

「はい、そうします」


昔といっても、ぼくたちのひいひいおじいちゃんくらいの頃の話で、幼い頃に何度も聞かされた話だった。

その頃はまだ、女性は総てお殿様のもので、色々今では考えられないような事があったらしい。


「それから、喉が渇いたら水場が村の要所要所にあるから、どこでも使って貰って構わない」

「はい」


「洗濯とか身体の汚れを落すなら、広場近くに洗濯場と水浴場が並んでる。いつも清潔にしとけ」

「はい」


ふと思いついて、口を出す。


「風呂なんてありませんか?」

「ああ、残念ながら、風呂はこの村にはない。温泉が湧いてないのであまりにも燃料代が嵩むからだ」

「じゃあ、誰もが水浴ですね」

「皆は普段は水場で身体を手拭いで擦ったり、時には小川の水で沐浴して身体を清めている。いずれにしても寒くなると老骨にはきついよ」


トオルが肩を竦めた。


「多分、どこかで湧くんじゃ無いかとは思ってるんだけどね。地形的に、こういう場所ではよくあるんだがね……俺も残念なんだよ、それなあ」

「はあ」


もじゃもじゃのごま塩髭が、再びくしゃりと歪んで横幅が拡がると、


「もしもこの村で温泉を見つけられたら、ご褒美でまず間違いなく100スタッグは貰えるぞ、ハハハ」

「ええっ、凄い!」

「見つけたいなあ」

「いいぞ、是非見つけてくれ」


他にも色々と説明して呉れているのを聞き流しながら、壁に寄りかかって、破かないように慎重に粗末な黒っぽいズボンを穿き、ずり落ちないようにズボンの腰紐を締めた。

腰回りは緩々だが、丈は短い。

つんつるてんだ。


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