トオル その3


「さて……」


窓から差し込む外光が揺れた。

烏でも遮ったのか。


「幸いにも、君らは腕も足もついている。最低限の割り当ても受け取った。まずは何の支障も無く、此処での暮しを始められるだろう」

「は、はい……」


最低限だし、身寄りの一人も居ないから、とても不安だけど……

トオルがマサノリの方を見た。


「見たところ、君はなかなか逞しそうだが、足の裏が傷ついたら、生き抜くことは出来ない。君が真っ先にすべきことは、食べ物と共に、予備の履物を手に入れることだ。でも、盗んだらダメだよ。ここでも、犯罪はやっぱり犯罪だ。殺したり犯したり盗んだり騙したりしてはならない。当たり前の掟が、ここにもある」

「掟」

「うん。まあ、自分がされたくないことを他人にすれば、相応の報いを覚悟せねばならないという、当たり前のことだよ。わかるね?」


急にごま塩顔がまじめな顔でぼくの目を覗き込むようにしたので、ぼくは気おされた。


「ええ、まあ。はい」

「よし。村でどうだったかは知らないが、ここは割と厳しくて、死刑になる事も多いから、気をつけろ。幸いにも、ここは太陽の恵みを受けて、多くの草木が育っている。それらを素材にして、自分で色々作れるから、盗みを働かなくても暮らしていけるだろう。現にこれまでも大勢の者がそうしてきた」

「自給自足、ですか?」

「ああ、だが、折角自作しても、他人のものをとりあげようとする悪い奴ら、つまり盗賊だが、残念ながらこの国には、そういう輩がかなり居る」

「盗賊」

「治安を守ってくれる頼れる兵士も数が限られている。だから知識も力も無しに一人きりでうろつくのはとても危険だ。そして賊の輩や野獣の類に遭遇した時に、足に合った履物がなければ、無事に逃げて生き残るのも儘ならない。君らはよく知って……」


そこで眉をひそめると、言葉を探すように、ちょっと話を止めて、腕組みをして顎鬚を掻いていたが、


「あー、だから、君らが将来信用できる良い兵士になってくれたらな、とちょっと思ったんだ。少なくとも他所者じゃなくて、身許ははっきりしているしな。とはいっても、まだ子供で身体も出来上がってないし、殿様も孤児を引き取って養育できるほど……だったら良かったんだがな……現状無理なので……。それよりもきっと、君らは村の外縁に棲みついて、また少しだけ村が拡がる農業戦力になるんだろう……惜しいがなあ」

「あの、マサノリだけでも兵士の見習いになれませんか?」


トモコが言うと、


「さっきも言ったが、今はもう空きが無い。兵士が足りないから、本当は採りたいんだ。惜しいと思ってる。だが、我々も限られた資源しか運用できない。無理だ。割り当ても、本当なら毎日与えたいが、現実にできているのは、今あげて、それでおしまい。酷いもんだ。誰も彼もが必要としてるが、分配できるのは……倉庫責任者としては毎日頭痛がする話さ。いや、君らに聞かせるような話じゃないが」


きっぱりと言って、


「まあ、分からない事があったら、その都度、村の者にでも訊け。それでも、もしもどうしようもなくなったら、また来い。今のうちに訊いておきたいこととかあるか?」

「あ、今晩から寝る場所は村の外縁に、わたしたちで勝手に適当に場所を選んで作っても良いんですか?」

「ああ、いいぞ。但し、誰かの土地の隣なら、そいつとお話合いが必要となって来る。また、猟師の猟場、漁師の漁場を荒らすような場所に作れば、死刑もあり得る。気をつけろ」

「はい、気を付けます」

「現場で問題が起こらなくても、殿様が認めるかどうかが最大の関門だ。許可が出れば問題ない」

「その辺りはまたトオルに訊けば良いのですか?」

「そうだな、先ずは現場で誰かを捉まえて訊いて、自分で調べろ。で、それだけで正しいと思い込まずに、俺に訊いて確かめて、それから動け。いいか」

「はい、わかりました。でもそれじゃ、時間がかかりますから、今晩寝る場所を今からすぐに作るわけにはいきませんね……」


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