第338話 傘を畳むひと ☔



 灰色のテント生地の底に孔があいたような空から、ものすごい量の雨のかたまりがどしゃどしゃ落下して来る。あまりの迫力にオタオタしたがるワイパーをフル回転させ、国道を横ぎってファーストフード店に着く。空調の循環風を懸念して薄いクッションと毛糸の膝掛を持ち、ワンタッチの青いビニール傘を開いて運転席を降りる。


 月曜日の朝七時。店内には高齢男性が数人散らばっているだけ。ドライブスルーも暇らしくて、早番の男女のスタッフは珈琲やバーガーの器械まわりや、空きが目立つ客席を拭いたりなど、いかにも所在なさげ。なにもこの悪天候を押して出て来なくてもいいのだけれど、これからさらに雨脚が強まりそうだから、ほぼ義務のつもりで。



      👒



 いつもどおり歳時記と文庫本を開いて自分の世界に籠っていると、夜勤明けらしい疲れた表情のひとや出勤途中のサラリーマンが来店し始める。あらあら、傘の手間を省くから背中があんなに濡れて。かっちりしたスーツの中年男性はメガネを光らせながら神経質そうに指を拭っている。こういうタイプが上司だったらいやかも。(^^;


 座り慣れたbox席の左から右に移動したのは入り口の傘立てが正面に見えるから。だってこのお店、いまどき傘ぽん(濡れた傘に自動でビニールカバーをつける器械)を置いてないから、紛失したら帰りが困る。で、それとなく(笑)見張っていると、黒いリュックの自転車の青年が到着したが、なにやら時間がかかっているようす。


 それもそのはず、身体にかかった雨をタオルで丹念に拭ってから透明なビニール傘を丁寧に丸め、きちんとマジックテープを止め、ほかの客の邪魔にならないように傘立ての一番奥におさめている。天晴れ、青年。きみはどんな教育を受けて来たの? なにもしてもらっていないオジサンたちの傘、ずいぶんと肩身を狭くしているよね。

 


      👕



 この小さな出来事が印象に残ったので、帰宅して一句を詠んだ。捻りもなにもない素朴な人事詠だが、詠んでいてふんわり温かい気持ちになった。で、思ったのだ、あ、わたし、楽しめている!! 俳句に限らず小説でも童話でもエッセイでもなんでもそうだが、文芸は創り手の自分が楽しめることが第一と思っているので。(*^。^*)


 そうか、連作というレイアウトもあったんだね~と気づいたのは去年のいまごろ。自分の感覚で配置できる自由度が性に合い、水曜と土曜日に二十句ずつ詠んで来た。一念発起とは正反対のゆるいスタンスで、ただリラックスして作句できるようになりたかっただけだが、あれから一年を経て、少しずつ近づけているのかも知れない。


 謹厳実直な諸先輩の俳句至上主義、有名人との句会が自慢の某先輩の「俳句なんてあなた」の口癖、どちらにも馴染めていない。トラック島で金子兜太さんが詠んだ自由律「空襲 よくとがった鉛筆が一本」の前に両者は沈黙を余儀なくされるだろう。過去から現在までに目や心に刻まれた風景をこつこつ拾う作業、淡々とつづけたい。




          🩰💍  🩰💍  🩰💍  🩰💍




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