第137話 武蔵野うどんのコイバナ 🍜
今宵は亭主どののご機嫌がイマイチだけど、訳を知りながらあたしゃ知らんぷり。
あんたら子どもたちは心配しているようだけど、夫婦の問題に口出しは無用だよ。
あのころ、よくそう言っては、割烹着の腰に手を当てて、ぷんぷんしていたよね。
でも、翌朝にはなにもなかったように仲よくなっていて、あれ、なんだったの?
認知症には回想療法がいいというので、老人施設の老母に昔話をしかけてみるが、半身を起こすのも面倒がる九十九歳の話はいっこうに要領を得ずいつも一方通行で。
🌌
周囲の人たちの話や土地の風習などつなぎ合わせてみて、なんとなく分かるのは、当地の名物・武蔵野うどんが取り持つ男女の仲で、ちょっと艶っぽいコイバナ。💚
水田に向かない関東ローム層の乾いた土地柄、米の代用食として編み出されたのは畑で栽培できる小麦で、朝と昼は麦飯、夜は手打ちうどんが各家庭の常食になった。
収穫した小麦を調理するには、まず石臼で挽いて粉にしなければならないが、どの家でもその作業が大変で、ひとりが抑え役、ひとりが挽き役の夜なべ仕事になった。
そんなところへ、頼もしい助っ人が登場する。
ただし、年ごろの娘がいる家に限って。('ω')
夜になると「
娘のそぶりで心中を推しはかった両親は「そうかい、わりいねえ。力のある若衆に挽いてもらえばありがたいことじゃ」いそいそ立ち上がって、挽き手の席をゆずる。
そのうちに「今夜は遅いで、泊まっていかねえかい」ということになり、両親公認のカップルが出来上がる……こういうシステムが暗黙裡に出来上がっていたらしい。
――♪ 今夜 臼挽き遊びにござれ
臼が重いかといふてござれ
臼の軽さよ 若衆のよさよ
相手かはるな 明日の夜も
そんなアケスケナ俗謡も残っているそうだし、当時の農村では夜這いがふつうで、娘の両親はむしろ若衆が来ないほうに気を揉んだそうだから、愛の原始の形かもね。
🌄
で、めでたく夫婦になった祖父母だったが、双方とも村でも一、二を争う美男美女だったので、横恋慕する娘だの後家さんだのフラレ癖の若衆だのが少なくなく……。
とりわけ富士山講や赤城山講で飲み歩くことが多かった祖父には艶聞が事欠かず、そういうとき、祖母は祖父の好物のうどんを打ってやらなかったというわけらしい。
昼の残りの冷や飯を食べさせられてオカンムリの祖父に、祖母はそれ見たことかと徹底的にお灸をすえてやり、降参した祖父は別の方法でご機嫌をとったとか。(笑)
そういう両親を間近に見て育っただけに、母や叔父、伯母たちは子どもながら妙に冷めており、阿呆らしくて恋愛する気にならなかったそうだが、それはどうだろう。
🍊
このシワだらけのどこがそんなによかったの? 亡き祖父に訊いてみたいくらいだけど、若いころは武蔵野小町(🦊の娘みたい(笑))と呼ばれていたんですって。
でも、ちょっと待って、その祖母に瓜二つと言われる孫の自分も、やがてこんなに枯れ枝っぽくなっちゃうのか……そう思うと、なんか彼氏に申し訳ないような気も。
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