第81話 ランチを探しに 🥗
ふつうなら駅まで十数分のところを倍近い時間を要したのは、酷暑で散歩を控えているあいだに悪化したように思われるモートン病のせいだったろう。うっかり爪先に力を入れるとピリッと電気のような疼痛が走る左足の指先を無意識にかばおうとして右足の負担が大きくなるのは、大むかし、二足歩行に転じた身の宿命かも知れない。
さしもの残暑も鳴りをひそめ、真っ青に晴れた大空にふんわり軽そうなちぎれ雲が浮かんでいる。日差しは強いが風は涼しい。四方を高い山並みに囲まれた高原都市に住む恩恵をたっぷりと満喫できるこれからの季節、やわらかな心で愉しみたいよね。
🌞
この道ン十年の諸先輩方が居並ぶ句会でダントツ新人のヨウコさん。当市での吟行が計画され、唯一の住人として世話係を仰せつかった。吟行は初参加だが、秋の佳き日を満喫して欲しくて午前の吟行と午後の句会をつなぐランチの会場を探しに出た。
当初予定していた老舗割烹は予約席の料金が高いので却下し、代わりに思いついたカフェへ行ってみる。本当はランチを試食したかったがまだ時間が早いというので、大きなアイスがふたつものったあんみつをオーダーし、食べきれずに一個をのこす。
つぎに並びにあるホテルのレストランへ。カレーランチが千円と表の案内にある。入ってみるとウェディング会場が併設されていてあいにく当日は貸切とか。そのまま出て来るのもアレなので、あまり欲しくなかったカレーをオーダー。やっと食べる。
近くの老舗蕎麦店も候補のひとつではあるが、メンバーに蕎麦店経営者がいるので控えたほうがよさそうだ。外国人観光客が談笑しているテラスカフェもいいが、行楽シーズンのランチの予約は無理と見た。で、やっぱり最初のカフェにもどって食べたことがないプレートランチを予約する。肉が苦手な人の分は後日差し替えることに。
🏡
かくておよそ二時間、二千円余りを散財してロケハンを終えたのだったが、帰路にとんでもない伏兵が待ち伏せていた。どうということもないゆるい坂をのぼっているとき、とつぜん右足が硬直して一歩も踏み出せなくなった。かろうじて横の民家の庭のフェンスにつかまり、苦労して屈んでふくらはぎを触ると鉄板と化している。💦
脂汗を流しながら揉みほぐし、なんとか小康を得て歩き出すと、今度は左足が同様の悲鳴をあげる。このまま歩けなかったらどうしよう。無謀な試みへの後悔に苛まれつつなんとかかんとか宥めすかして家に着くと、どっとばかりに玄関に倒れこんだ。
湯船につかって両足を揉みほぐすこと約三十分、ようやく去ってくれた痛みに安堵しながらも無理がきかない齢を思い知らされてちょっとリングの底に沈みかけたが、なに、大丈夫、ウォーミングアップ不足のせいだよ、強気に思い直したヨウコさん。
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ところで、吟行こそ、その場で見たり感じたりしたものを即興で詠む、俳句のなかの俳句といえそうで、句会の会場の申し込みに行政の窓口へ行ったりなどお世話係の面倒はあるものの、当日が楽しみにはちがいありません。先述の「スタンスのこと」にある知識人からいただいたコメントへのご返事の一節を転載させていただきます。
――わたしにとっての俳句は即興を旨とし、ふっと脳裏に浮かんだ思いを十七文字に置き換えるだけのものであり、小説のような熟考は野暮とすら思っております。
理想は「ひとりジャズセッション」で、自分で呼びかけて自分で応え、胸のなかで情景が響き合う、ただそれだけの泡のようなもの……といったら諸先輩に叱られそうですが、本音はそういうところですので、お味方に力を得て(笑)、これからも軽いスタンスを貫きます。
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