第83話 ヨウコさんの恋 🏢
いつものカフェが定休日の早朝、少し離れたセカンドカフェに向かうヨウコさんの胸に柄にもなくセンチな感情が兆したのは、いま日本列島を騒がせている大手中古車販売会社の支店の前の、あまりにあっけらかんと無惨な光景を通過したときでした。
季節の落葉や下草の管理が面倒という理由で国の持ち物に許可なく除草剤を撒く。まさに神をも畏れぬ所業。社会に利益を還元すべき企業が金儲け一辺倒に奔った見本が寒々しく露呈されています。たしか東日本大震災で電力の消費を抑えていたとき、まず真っ先に煌びやかなイルミネーションを復活させたのもこの会社だったはず。
話がそれましたが、別にその企業に胸をときめかせたのではもちろんなく(笑)、並びの地銀本店の別棟管理棟に早くも照明がついているのを見て常務のひとりが有名な日本画家の著作権継承者だったことを思い出したのですが、芯にあるのはそれでもなくて、日銀から派遣されたさいごの頭取・Yさんの面影が去来したからです。(^-^)
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眼鏡の奥がやさしいYさんとは、地方テレビ局の番組審議委員会でご一緒でした。
委員長の先方は運転手つき黒塗り高級車、平委員の当方は自前の軽自動車でしたが、エリートには珍しく(笑)青い義の人でしたので、新聞社、大学教授、精神科医などで構成される八人の委員諸氏のうちでもなんとなくウマが合う、そういう方でした。
国の定めで設けている会議なので、黙ってニコニコしていてくれればいいのです。主宰者の本音を承知していないわけではありませんでしたが、往復も入れれば、毎月小半日は費やす会議に雛人形スタンスは自分らしくない、せっかくのお声がかりに応えたいと思ったヨウコさんは会議のつど課題番組への意見を率直に申し述べました。
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あるとき、委員席と対面する同数の役員席の代表者から「本年度の弊局のテーマを『家族』とします」との提示があり、なんとも言えない違和感を覚えたヨウコさんは「崩壊が危惧された八十年代ならともかく、なぜいま敢えて家族に焦点を? 未成熟な時代と異なり、多様性が当たり前になりつつあるのに、悲しい思いをする人がいるかも知れないことを敢えて電波にのせる意義が分かりません……」と発言しました。
案の定、し~ん。援護射撃はいっさいないままで会議は終了。((((oノ´3`)ノ
気まずそうな委員・役員十数名に挨拶をして真っ先に会議室を出たヨウコさんは、いつもの自己嫌悪&孤独に打ちひしがれながらエレベーターのボタンを押しました。
乗って「閉」のボタンを押しかけたところへ飛びこんで来たのがYさんでした。
「さっきはごめんね、ヨウコさんに全面的に賛成だったんだけど、言えなくて……」
「いえ、とんでもないです、お立場は承知していますので、お言葉だけで十分です」
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その年の暮れ、任期を全うしたYさんはご家族の待つ東京へもどられました。女性経営者が少なかったからでしょう、担当者から送別会の花束贈呈の役を仰せつかったヨウコさんが公私に渡る感謝の思いをこめてお渡しした豪華な花束を、壇上の金屏風の前で受け取ってくださったYさんの眼鏡の奥のやさしい光、忘れていないのです。
折しも、少し前、その地銀が大手地銀に吸収合併されるという報道を知りました。Yさん以降は生え抜きが頭取に就任する体制に変わり、役得で地方局番組審議委員にも歴代の方々が就かれましたが、みなさん、ソツのない実業家でいらしたので、文化の話題には発展せず、ヨウコさんとウマの合う方はひとりも出現しなかったのです。
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