第84話 しおどきのこと 🧩
創刊以来発行しつづけて来た夕刊が廃止されるというので、当の地方紙はもちろん系列テレビ各局でも夕方のニュースに特集を組んだようですが、ヨウコさんの口から出たのは「へえ、潮時だよね」冷淡な言葉でした、積年の複雑な思いを込めて……。
先述の『水風船』のような事情で巨額の負債つき零細企業を背負ったヨウコさんに対し、ある朝とつぜん、その新聞が目立つ囲みで掲載したのはほとんど週刊誌並みのゴシップ記事でした。あとで分かったのは別会社を起こした先夫の飲み仲間の采配。
圧倒的購読数を誇る地方紙のこと、みなさん、悪女列伝の筆頭を飾りそうな記事を信じたのでしょう、どこへ行っても直接&間接(罵倒&無視)の批難を浴びました。真実は自ずからあきらかになるものと見え、数年後には信頼を回復しましたが……。
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狭い地域社会で自分はもとより子どもたちにも悔しい思いを強いた地方紙を許したわけではなく、いなお永遠に償ってもらって当然と堅く信じていますが、それと個人は別問題と無理にも考えるようにして、来るもの拒まずを淡々とつづけて来ました。
そうしたうちのひとりが役員を退任するというので居酒屋で送別会を催したのは、コロナが始まりかけたころでした。せっかくなら気持ちのいい退き際をと季節の花束を用意し、なりゆきから司会も自ら行い……などして和やかな数時間が流れました。
その席で後輩に当たる記者が「このメンバーでぜひ」と言い出したのがオンライン句会でした。俳句ビギナーのヨウコさんもあらゆる機会を見つけて教えを請いたいと思っており、全員が快く賛成したので、その夜が「旬の会」の発会式となりました。
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ところが……やはりああいうことを書いた社の人たちということでしょうか、一夜明けてのメールにはそんな約束などなかったかのようなツマラナイ社交辞令が並んでいて、えっと~、句会の件は? 遠慮がちに訊ねると「忙しくて事務局は無理」('_')
現役世代に負担をかけないようにフリーの自分が引き受けますという流れになってスタートしたのですが、いわゆる最初のボタンのかけちがいと言いますか、みなさんのスタンスになんとなく「参加させられている」感が漂っているのが残念でね……。
そのうちに多忙を理由にひとり抜けふたり抜けして参加のメンバーが減ってゆき、最初に掲げた「俳句への敬意」も薄れて来たように感じていたので、だらだらつづけるより休会にしようかなと思い始めていた矢先の夕刊廃止のニュースだったのです。
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そうなってくるとまたしても執念深く頭をもたげて来るのが、二十年前のあの朝、騙し取材のあげく、不意打ちに掲載された読むに堪えない記事のこと&すべてを見ていたスタッフたちが全面的な味方になってくれたことだけが救いの悪夢の数年間で。
ふたつの潮時を考えながら、ヨウコさんの胸に巣食った☆◇骨髄に達する思いは、時間とともに薄らぐどころか秋たけなわの深山を真っ赤に彩るナナカマドのように、いよいよあざやかにその濃度を増してゆくのであります。あな、恐ろしや~~。👻
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