第104話 小さな農業 🌼
左上腕部の疼痛&膨満感で夜中に繰り返しうなされ、そのたびに「今回は◇△株用なので過去六回ではなくても副反応が出るかも知れない」医師の警告がよみがえる。
いざとなったら支給された解熱剤を飲めばいいが、熱はそこまで高くなさそうだ。
ただ異物の侵入を拒みたがる不寛容な(笑)わが細胞の右往左往がうるさいだけ。
こういうとき、決まって頭をもたげたがるのが至らなかった過去への自己嫌悪で、この魔力にとらわれると、朝まで連綿と暗黒地獄がつづくことになる。終わりのない負の連鎖を断ちきりたくてリモコンをつけると、きれいな黄一色の風景が映された。
一面の菜の花に蜜蜂の巣箱が置かれている。レンゲやリンゴの花を求めて日本列島を渡り歩くのは喜寿の男性で、それを支える妻と小さな暮らしを営んでいるが、大型トラックで運ぶのは七十箱の蜜蜂一七○万匹というアナウンスに眠い目を見張った。
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インターネットで情報が得られる昨今はまだよくなったが、かつては現地に行ってみなければ咲いている花の様子が分からず、出たとこ勝負で乗りきって来たらしい。
グローバルの真逆をいく養蜂業は、強烈な遠心力から振り落とされないように現代社会の最外周にしがみついているように見えるが、加齢による老獪なアクが感じられない老夫婦の純朴な語り口から、蜜蜂が生態系に果たす役割を実感として理解する。
読書中の小説の一節「人皆知有用之用而莫知無用之用也 荘子」がよぎってゆく。一見、無用に見えるものにも必ず存在意義があることを忘れると、人の道に外れる。世界の本流になっている利益追求&効率主義のグローバルに幻惑され、家族経営的な小さな生業を軽んずれば、鳥観図的な障りが生じるのだと聡明な先人が諭している。
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その翌朝、ルーティン筋トレのお供にテレビをつけると「小農」(家族農業こそが本当の幸せをもたらす)を訴えた農民作家・山下惣一さんのドキュメントだった。
新婚旅行の翌日から新妻と植え始め大事に育てて来たミカン林をオレンジの輸入に押されて伐採せねばならなくなったとき「おれの農業人生は終わった」と自嘲した。
その後も時代の大波に洗われて、何度となく繰り返した試行錯誤の末に得たものは「成長より安定、拡大より地消」まさにグローバルと真逆の結論だったという事実、ますますのグローバル渦中に生きるわたしたちは、どう受け留めたらいいのだろう。
野放図にしておけばどこまでも手を広げたる欲望というものの浅ましさ&滑稽さを知りながら身を任せるしかない状況に自らを追いこんでいるのは人間だけ。たぶん、他の動物はみな最低限の足るを知って、それに満足しているはずなのだけれど……。
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