第93話 謀反にてござ候 🏯
戦国史のクライマックスと言える本能寺の変を経て佳境を迎えた大河ドラマでは、父祖譜代の主君・徳川(松平)家を去って敵方の豊臣に就く直前の石川数正が家康に「お忘れ召さるな、拙者はいつも殿と一緒でござる」意味深な言葉をのこしている。
数年前の拙作『出奔の顛末――石川教正と徳川家康の因縁』では、百姓出身の宿命として慢性的に譜代の家臣に飢えている秀吉得意(&必死)の他家の家臣の一本釣りに引っかかった(orフリをした)と仮定しているが、むろん、真相は歴史の闇の底。
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譜代の主君への裏ぎりということでいえば、武田信玄の後継者・勝頼の将としての資質を見限った穴山梅雪の謀反が先駆ける。従兄にして義兄でもある梅雪が新時代の武器とする鉄砲を「非常のときに命を惜しむ人間をつくる道具」として退けた勝頼。
決定的な認識の差異が生じていたところへ、長篠の戦の論功行賞が諸将の遺族には手厚く行われたのに第一の功労者である自分が徹底無視されたことに鼻白んだ梅雪は敬愛する先主・信玄にあきらかに劣る勝頼を見捨て、敵方の織田・徳川に内応する。
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黒川金山からの小判二千両の手土産持参で飛びこんで来た武田の親族を信長も家康も厚遇し、梅雪の行く手は一気に華やいだかに見えたが、だれも予想しなかった信長の重臣・明智光秀の謀反による本能寺の変で一気に暗転し、混乱のなかで客死する。
その光秀の胸に翳を兆したと推察されるのが地方豪族の家臣から取り立ててくれた信長に敢然と反旗を翻した荒木村重の寝返りで、スタンドプレーの秀吉と比較されてばかりの光秀、エキセントリックな信長が憎悪する石山本願寺・顕如の徳に打たれた村重、いずれも、わが主君の度量&人間性に強い不信を覚えての顛末かと思われる。
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一方の石川数正は、秀吉に与えられた信濃深志(松本)に一世一代の城をつくって初代藩主として有終の美を飾ったが、その嫡子で二代藩主康長は天下人になった家康に大久保長安事件への連座を問われて改易され、遠流先の豊後佐伯で余生を送った。
せっかく信長を討ちながらも生涯のライバル・秀吉に漁夫の利をさらわれた光秀。末期の城をひとり脱け出し(前年生まれた末子に村木家を再興させるつもり。万一の内応を恐れて重臣にも告げなかったので「主君にあるまじき卑劣」の汚名を着た)、憤激する信長の命で戦国史開闢以来の数多の犠牲者を出しながらも逃げおおせて茶人になり、闇夜に負うて出た赤子は長じてのちに絵師として名を成したとされる村重。
謀反者四者四様の行く末だが、村重や光秀はともかくとして、一度裏ぎった人間はまた裏ぎると見なされるのが人情の道理とすれば、それぞれの家族を含む梅雪と数正も新たな奉公先で針の筵だったろうと思われるが、それも厚い闇に糊塗されている。
なお、現行の大河ドラマの明智光秀には、智も情も感じられないことがザンネン。限られた時間枠で家康を中心に描けばそういうことになるのかも知れぬが、加藤廣著『明智左馬助の恋』の人間愛に満ちた克明な描写に比すると、なんとも虚しくなる。
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かくいうヨウコさんも零細企業の経営時代に信頼する役員の造反を経験している。
当時はなにゆえにと訝しんだが、いまは将の器を見限られたのだと承知している。
第一の理解者と恃む高校生の次女(長女は首都の大学生)にプロセスを逐一話したため「かあさんがひとりになる」目を赤く潤ませていた事実、いまだにイタイ。💧
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