第15話 イノベーション 🦖
「わたしはパスします」そんな言葉をすらっと吐き出し得た自分の口を怪しむ。
肩に蟻をのせたほどの気負いも、衝撃の宣言を行ったという自覚もなく……。
公民館前でなんとなく円陣を組むかたちになった十人が、一瞬、鳴りを潜める。
「困ります、お金の問題は貧乏人を基準にしてもらわないと」衒いもなくつづく。
目の端でかすかに顎を上下させたのは、数年前に移住して来た四十代の男性で。
それを遮るように猪顔&恫喝声の七十代男性が「昔からそうやって来たんだぜ」
「昔っていつのことですか。コロナ前と後では紀元前と後ぐらいちがうんですよ」
「去年の例があるから、今年も……」還暦前後の女性がタメ口で割りこんで来る。
ヨウコさんが班長だったコロナ禍、イノベーションの機会として旧習を改めた。
なのに、蔭で動きまわり知らぬ間に元の木阿弥にもどした無分別なスピーカー。
「いやいや、あのときはとつぜん言われてうっかり出したことを反省しているけど、ぎりぎりの節約生活に五千円は大金ですよ、きつい清掃バイトの五時間分ですから」
――たまたま近所に住んでいるというだけ、知見も価値観も異なって当然なのに、元零細町工場の社長とか専業主婦とかの狭い了見を押しつけられても困るんだよね。
これはもちろん心の声(笑)だが、若いころは怒りに任せて攻撃口調になっていたろうと思われる文言を、しんと冷たい口調で告げられるのも年の功のなせるわざか。
⛅
だいたいからして、長いこときわめて穏やかな交流だった当班にいきなりの突風が吹き荒れたのは、一昨年の夏、一斉清掃への出不足金を猪男が主張し始めてからで。
よほどでない限り欠席したことがないヨウコさんは、一度も欠席者をケシカランと思った記憶がなく、むしろ、いいときもわるいときもお互いさまだねと思って来た。
なのに鼻息荒い猪男&それに便乗する噂好きな主婦は一回(わずか三十分)につき二千円というペナルティを声高に言い立て、その圧のすごさにみんな沈黙していた。
ギスギスの原因はもともとの考え方に愛がないからで、欠席者の弱点をあげつらうのではなく、出席者の労をねぎらい飲み物でも出したら、さぞ気持ちがよかろうに。
だいたいからして、地域の奉仕活動へのペナルティの法的根拠はどこにあるわけ? 民法のどこにどう明記されているのかここに示してよ。← これまた心の声(笑)。
🍃
「では、今回の香典は希望者ということで……」女性班長の〆で解散となったとたんこれ見よがしに駆け寄る猪男&スピーカー主婦をよそに、ヨウコさんは帰途に着く。
いつの間にか肩を並べていたのは六十代と三十代の女性で「みんな同じことを思っているのに言えないんだよね~」途中、犬や花に話しかけながら手を振って別れた。
玄関の鍵を開けながらヨウコさんは思う、近くに子や孫など守るべきものがいないからこその今日の発言、これからも嫌われ役に徹しよう、さっと涼風が吹き抜けた。
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