第32話 それも、うそかしら 🪄




 絶望した母親に置いて行かれた幼児は、その後、どう生きて行けばよいのだろう。

 そのことが気になり調べてみると、ああ、よかった、無事に生を全うしたらしい。


 物事が分かる年齢になり、母親が自ら選んだ道の真相を知ると、捨てられた意識に苦しんだ時期もあったが、むすめをこよなく愛したがゆえの究極の選択だったのだ。


 そんな確信めいた想いを手繰り寄せる証しになったのは、あどけない幼児のおしゃべりを記録した手帳『南京玉』&没後に出版された詩集の「まえがき」だった……。


「なんきんだまは、七色だ、一つ一つが愛らしい。尊いものではないけれど、それを糸につなぐのは私にはたのしい。この子の言葉も、そのやうに一つ一つが愛らしい」


 ふとした偶然から、詩人・金子みすゞさんのわずか二十六年の生涯をたどり直し(若いころの読書は通り一遍ゆえ)、豊かな詩才ゆえの苦悩をあらためて知った。




      🐤🐠🌼🐋


 鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。

 見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。

 みんな見てます、知ってます、けれどもそれも、うそかしら。

 ひとつお鐘がひびくとき、ひとつお花がひらきます。

 浜は祭りのようだけど 海のなかでは何万のいわしのとむらいするだろう。

 沖で鯨の子がひとり、死んだ父さま、母さまを、こいし、こいしと泣いてます。


      🐋🌼🐠🐤    



 

 心の竪琴をかき鳴らし、深海魚のように美しい言の葉をぽろんぽろん奏でた人が、妻の芸術センスに嫉妬する凡夫によって、蛙のように、ぎゅうっと押しつぶされた。


 時代が時代とはいえ口惜しくて仕方がなかったが、亡き詩人最愛のひと粒だねは、遺言どおり祖母(詩人の母)に愛育され、心健やかに成長したと知り、ほっと安堵。


 ほんものの原石は、だれがどう邪魔だてしようと、生前没後に関わらず、いつかは燦然と高貴な光を放つ定めにあるんだよね、そういうパワーを秘めているんだよね。


 短い生涯に遺された作品はむろん玉石混淆だけど、そんなことは問題じゃなくて、ひとつの清らかな魂による前人未到の痕跡そのものこそが、気高く、尊いんだよね。




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