第39話 もう大丈夫だから。

 賢太の送別会は歓迎会の時と同じく駅前のさいさい亭という居酒屋で行われた。歓迎会のわずか数週間後に送別会が行われるのは妙な気分だったが、賢太のためにこうしてイベントを用意してくれるのは素直に嬉しい。


「にしても、引っ越しを遅らせてまでショーの手伝いがしたいだなんて、どういう風の吹き回しだい?」


 泡の消えたビールが半分ほど残るジョッキの取っ手を持ちながら、誠司は賢太の目をぐっと睨んだ。


「どうしてと言われましても……」


 両親が賢太の過去を大事そうに振り返っている景色を見てふと思い立った、としか言いようのないもので、それを言葉にするのは難しかった。


「やっぱり、最後というのもありますし」


 結局、当たり障りのない返答をしてしまう。賢太にとって大切なその感情は自分だけのものにしておきたかったという気持ちも少しあった。


「っま、大歓迎だけどさ」


 観光協会と賢太の間にある雇用関係は既に終了していたが、数日前からボランティアとして例のヒーローショーの手伝いをしていた。雇用者以外が職場に混ざるのは本来問題であるはずだが、見知った顔の元バイトということもあり会長にも許されていた。このあたりのゆるさが田舎の中小企業の良さでもある。


 送別会は誠司と育と賢太の3人で行われることになった。歓迎会の際は開催を主導していた会長は誠司との不仲のせいで今回の送迎会には不参加となった。いい加減、仲直りしてほしいが、この2人の間に入った亀裂は案外致命的なのかもしれない。そう思うと、くわ助の犯人を特定してしまったことへの罪悪感がよぎるが、賢太が特定しようがしまいがこの結果は変わらなかったのだ。


 誠司はイサギヨライダーVSくわ助のショーの準備をある程度まで進めた後は、元々会長にも暴露する予定だったらしい。実際、誠司と渡会の共犯が立証された時点でヒーローショーの準備は相当進んでおり、いつ会長たちにバレても問題ないほどだったそうだ。


「ネット配信も成功するといいけど」


 隣に座る育はしみじみと言う。歓迎会の時と同じくウーロン茶を飲んでいたが、顔がかすかに火照っており、酔っ払いのようにも見える。


「登録者もそこそこ増えてましたよね?」


 聞くと、誠司がスマートフォンを取り出してささっと確認する。


「今、3000人ちょっとだね」


「おぉ」


 くわ助がネットでバズってから観光協会は機に乗じていくつかのSNSを始めた。YouTubeアカウントもその1つで、くわ助に関する動画をいくつかアップロードしていた。ヒーローショーをYouTube上で配信することを告知すると、チャンネル登録者は1日で1000人近く増加した。もちろん、大手のYouTuberと比較するとあまりに弱小だが、これまでずっと無名だった片田舎の組織からすれば成功体験と言って差し支えないだろう。特に、公的な組織のSNSは伸びにくいという前提条件を踏まえるとなおさらだ。


「そうだ、衣装はいつ頃届く予定だっけ?」


 誠司が聞く。


「ちょっと、遅れてるらしくてショーの前日になるかもしれないそうです」


 衣装関連の作業を担当している育が答える。以前、イサギヨライダーの新しいヒーロースーツとくわ助の衣装を画像で見せてもらったが、地上波で放送されている特撮ヒーローものと遜色ないほどの出来だった。特にくわ助のスーツは、AIが機械の体を手に入れたという設定らしくゴテゴテと身体中にパイプや歯車のような装飾が付いており、ずいぶんとお金がかかってそうな印象だった。


「本当に? なら、練習は前日のリハーサルだけになるかなぁ……」


 誠司は眉間のあたりを揉む。あの複雑な衣装を使った練習の日程が1日だけしか用意できないというのは中々厳しそうだ。観光協会の他の面々に秘密にしながら準備を行うという奇策が取られた今回のヒーローショーは、立案から実施までの期間が短かったこともあり、そのしわ寄せはスケジュールにも現れている。

 そのせいか、前回のショーでは学生たちの参加があったが、今回は見知った顔のみでの開催となる。具体的には、誠司の学生時代のサークル仲間を集めてきたそうだ。中には、今でも現役で舞台に立っている人もいるらしくその分練習量が少なく済むのかもしれない。


「ともかく、今日は賢太くんの東京での活躍を祈って、乾杯!」


「乾杯さっきしたでしょ」


 既に少し酔っている誠司に頬を緩めながら対応する。


「あっ、そうだ。マツケン、スマホ貸して」


 育が思い出したように言うと手を差し出した。


「いいけど、どうして?」


「くわ助、友達登録したいかなーって」


「くわ助はもう登録してるけど……」


「そうじゃなくて、偽物の方のくわ助!」


「ああ、そっちね」


 賢太の制作した本物のくわ助は検証のため、自身のLINEアカウントに友達登録されていたが、誠司と渡会が運用している偽くわ助の方は友達登録されていなかった。そもそも、偽くわ助が登録されているのは観光協会のタブレットただ1つのはずだ。


「でも、どうして急に?」


「まあまあ」


 育はニヤニヤと何かを企んでいるようだ。自身のスマートフォンにQRコードを表示させると、それを賢太のスマートフォンのカメラで読み取り、偽くわ助の友達登録を完了させた。


「それにしても、わたしはマツケンが東京でやっていけるか心配だね!」


 育はウーロン茶をぐっとあおると、突然そんなことを吐き捨てるように言った。賢太は一瞬呆気にとられたが、次第に育に心配されるのは心外だという気持ちがふつふつと湧き出てきた。東京でメンタルを崩し、地元で働く今も時折調子を悪くする育の方が心配されるべき存在なように思えた。


「育の方が心配だけどなぁ」


「えっ? どうして?」


 真顔で聞き返す育を見つめ返して思わず苦笑した。


「どうしてって、そりゃ」


 育の現在地を直接伝えてしまうのは酷だと思った。どうも、彼女は自分が少し危うい状況にある事を自覚していない節がある。すると、賢太の言外の意図を察知したのか


「言っとくけど、もう大丈夫だから」


 と少し怒気を含んだ声音で言った。その言葉は、真っすぐに賢太のことを貫いた。自分がどういった理由で心配されているのかを理解している顔だ。


「本当に?」


「うん」


 強く頷く。


「マツケンに心配されるようじゃ、終わりだからね」


 育は弾けた笑顔で毒気づく。その様子を見て、自分よりも彼女の方が心配されるべき存在であると認識していことを恥じた。育の得意げな表情は、相手への優越感をたたえており、しかしそれを向けられた側の人間はまるで不快感を抱かない不思議なものだった。そして、賢太は彼女のそんな表情を小学生の頃、毎日のように見ていた。そのことをたった今思い出した。

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