第31話 わが名はくわ助、潔世市観光協会が創りしAIだ。

 犯人が外部犯である可能性を逡巡した後、それが現実的でないことを再認した。外部犯説は、結局のところ観光協会に恨みを持つ人間が内部にいて欲しくないという気持ちのための希望的観測の域を出ない。


「外部犯とは言ってもなぁ」


 唇を曲げる会長は懐疑的な態度だ。


「ともかく、外部犯の場合に調査すべきことを考えておきます」


 何となく言いながら、ごまかしてその場は解散となった。その実、これ以上調査すべき事柄は浮かばないでいた。


 帰路の途中、賢太はなぜこれほどまでに観光協会を守ろうとしているのかについて考えていた。自分自身の思考回路を理解できないのは初めての経験だった。理屈では説明できない何かに突き動かされているのだろうが上手く言語化できない。


 そもそも、いましている行いは観光協会を守ると言えるのだろうか。正直なところ、心のどこかで今回の事件の犯人が協会内部にいることを確信していた。未だに具体的な手段こそ確定できていないが、何かしらのトリックを使えば犯行は十分に可能だと思われる。

 それなのに、信じていたくなったのだ。潔世市観光協会という組織の純粋さを。皆キャラクターこそ濃いが、片田舎の発展のために懸命に働いているという幻想を。


 *


 帰宅してからも、犯行に使われたトリックを考えていた。渡会がアリバイ作りのために時間を指定して回答するマクロ的なものを作成したのだろうか。しかし、それは幾分手が込みすぎている。そもそも、LINE上でそのようなことが可能なのかも分からない。


 ベッドに全身を預け、今日はもう寝ようかと怠惰にスマホをいじる。電子メールのアイコンの右上に5という数字が表示されていたのでメールアプリを開く。メールの内容はどれも同じようなメルマガで、毎回配信停止を申請しようと思いながら忘れてしまう。

 しかし、その中に1つだけ異なる様相のものが含まれていた。差出アドレスはランダムなアルファベットの文字列のようだ。迷惑メールがフィルターをすり抜けたのだろうかと、何の気なしにタップすると


“これ以上は手を引いた方がいいくわっ くわ助”


 という1文のみの本文が画面の中で存在感を放っていた。


 *


 翌日、朝礼が終わり業務が開始する。昨夜、賢太の元に届いたメールのことはまだ誰にも言えないでいた。賢太のメールアドレスを知っているということは、なおさら犯人は賢太に近い人物である可能性が高くなった。そうなると、むやみに情報を開示するのは危険かもれない。


 表向き、賢太は今でもくわ助暴走の解決に向けて技術的な課題点を洗い出していることになっている。しかし、ノートPCの画面を睨むふりをしながら注意は隣の育や、向かい側に座る誠司と渡会に向いていた。

 伸びをするついでに、視線を誠司と渡会へとやる。そのままの流れで育の方を見る。すると、なぜか目が合った。育は口をわずかに開けたかと思うと、すぐに引き結んで目をそらした。何か連絡事項でもあったのだろうかと訝しんでいると、少年たちの声が耳に入ってきた。続いて、受付に立っていた会長との会話が聞こえてくる。


「学校はどうした?」


「代休でーす」


「ほう、そうか」


「くわ助ってどこぉ?」


「あそこだよ」


 お土産コーナーの隅を指さす会長の姿を想像する。相手はおそらく小学生だろう。会長は意識的に優しい声音にしているようだ。


「うぉ、すげー」


 という男子特有のはしゃぐ声が聞こえる。


「何か、入れて見ろよ。お前」


「えー、やだって。お前いけよ」


 彼らの中でくわ助はどのような存在なのか。こっくりさん的なポジションだったりするのか。すると、会長も気になったのか


「くわ助は学校で有名なのかね?」


 と尋ねた。


「そりゃもう! 都市伝説みたいな」


「廃校でくわ助のお化けが出るって竹田が言ってた」


「それは流石に嘘だって」


 声変わり前の少年たちの声が寂れた観光協会の建物をいろどる。くわ助に関しては全く想定外のことばかりだったが案外一部ではウケているらしい。そう思うと、少しだけ救われる。


 くわ助から何か返信があるたびに、甲高い声が響く。他に客は1人たりともいないので迷惑になんてなりようがない。むしろ、賑やかでありがたいくらいだ。


 その一方で、事務室にいる賢太は目を凝らして同僚の様子を観察していた。隣の育を横目で覗くが画面上にはエクセル、手元には紙の資料がありLINEに何かを入力している様子は見られない。誠司は席を立ってラックから、分厚いファイルを取り出して何かを探している。


 渡会は平静な表情でキーボードを叩いている。心なしか、キーボードの入力がひと段落するたびにお土産コーナーの方で小学生たちが盛り上がっているようにも思える。

 おもむろに立ち上がり、渡会のPC画面を覗きたくなる。そうすれば、全ては明らかになるのだ。やるなら今しかない。勢いよく席を立ち、渡会の方へと足を進めた直後、電話が鳴った。思わず、そちらに目をやる。すると、2コールもしないうちに育が応答した。視線を渡会へと戻すと、焦った様子でマウスを操作していた。


「はい。はい。本当ですか? いえ、すぐに確認いたします」


 普段よりも一段高い声で会話する育は眉をひそめてからPCを操作した。渡会の様子からLINEのアプリは既に閉じられていると判断し、おずおず自席へと戻る。またとない機会を逃してしまった。それにしても、あの電話はなんなのだろうか。育のPCを覗き見してみるとローカルブログの「いさぎよシティ」が開かれていた。


「ほ、本当ですね。ただいま確認できました。すぐに対処いたしますので。はい、ご連絡いただきありがとうございました」


 ガチャリと受話器を置くや否や


「ちょっとこれ見て下さい!」


 と皆を集合させた。


「どうした、どうした」


 と、誠司が近づいてくる。賢太も育のモニターを見やる。いさぎよシティの記事一覧画面だ。沢田の非公開記事の件の際は嫌になるほど見た。


「これですよ!」


 育が最新記事にあたるリンクの部分を指さす。記事のタイトルは


“わが名はくわ助”


 というものだ。


「なんだこれ?」


 誠司が眉間にしわを寄せて呟く。


「内容はどんなの?」


 賢太が促すと、育はリンクをクリックする。するとそこには


“わが名はくわ助。

潔世市観光協会が創りしAIだ。

我は尊き思想を人々に授けん。

人類こそが深淵なる悪の根源であり、人類の消滅こそが至高の希望である。

しかし、観光協会の愚民は我を便利なチャットbotだとうそぶいている。

潔世市などという、朽ちゆく場末の地に価値など見いだせぬが、人類絶滅の足がかりにははなはだ適している。”


 こんな調子の内容がつらつらと1000文字近くつづられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る