ご当地AI『くわ助』は反乱しました。

秋田健次郎

第1章 観光協会へようこそ

第1話 ご当地AI『くわ助』は人類に反旗を翻しました。

 ご当地AI「くわすけ」のお披露目会は、観光協会のお土産コーナーに設営された特設会場で行われる。


 参加者は、1組の母娘おやこと3人組の老婆のみ。用意した席の大半は空席のままで、所在ないざわめきが会場をさまよっていた。暖房の効きが悪いせいで、みんな室内でも上着は羽織ったままだ。


 女の子が足をぷらぷらさせて、辺りを見回す。おしゃべりしていた老婆たちの会話が止むと、空調の音がいやに目立った。


 お披露目会は予定していた時刻になると、特に合図もなくぬるっと始まった。


「皆さん。本日はお集まりいただきありがとうございます」


 司会の睦月むつきいくは愛嬌のある自然な笑顔で、来客者たちを見やる。


「我々観光協会が開発した、ご当地AIを皆さんにお披露目できることを嬉しく思います」


 彼女は、隣にある白い布で覆われた台座を強調するように、身振り手振りを交えながら話す。小動物を思わせるちまちました動きをするたびに、観光協会のユニフォームである赤い法被はっぴの裾がゆれる。


「それでは、このAIを開発した松田まつだ賢太けんたさんにご登場いただきましょう!」


 育と目が合う。小さく頷いてから賢太はそっと会場の前方へと歩み出る。多数の視線が一斉に向けられると鼓動が速まり、手汗がじんわりと染みる。


「さて、松田さん。こちらのAIにはどのような特徴があるのでしょうか?」


 台座を挟んだ位置に立つ育は、台本通りのセリフを白々しく放つ。松田さんという呼び名はなんともむず痒い。


「潔世市に特化した情報を教えてくれるという特徴があります。例えば、おすすめのお店だったり、ごみ収集日なんかを教えてくれます」


「なるほどぉ。面白そうですね!」


 わざとらしく表情筋を上下させる育の姿は少し滑稽にも思える。


「さて、説明はこれくらいにして、早速その姿をお披露目しましょう。皆さんカウントダウンの協力お願いします!」


 突然、協力を要請された参加者たちは一瞬戸惑いを見せたが、すぐ平静に戻った。


「5! 4! 3! 2! 1!」

「5! 4! 3! 2! 1!」


 子供の元気な声と恥の混ざった大人たちの声が響く。


 カウントが0になるのと同時に育と賢太は台座にかかっていた布を取り払う。すると、スタンドに立てかけられたタブレットが姿を現した。


 スタンドの上部にはラミネート加工されたキャラクターのイラストが張り付けられていて、蛍光灯の光を反射させている。球根のような形をした頭部には黄色いくちばしが付いていて、胴体はアヒルの形を模していた。全体的にデフォルメされているおかげでギリギリ可愛いと言えなくもないデザインだ。


「こちらが、ご当地AIの『くわ助』くんです! 皆さん近くでどうぞ!」


 3人組の老婆は互いに顔を見合わせると、遠慮がちにゆっくり席を立った。その傍ら、女の子は跳ねるように走り寄ってくる。しかし、台座が高すぎたようで、背伸びをしてもタブレットの画面を視界に入れることは叶わない。母親が


「走らないの」


 と注意しながら、娘に追いつくと脇に手を入れてそっと持ち上げる。タブレットの画面とくわ助のイラストが目に入った女の子はすぐさま


「これ見たことある~」


 と不満げな声を口にした。それもそのはずで、画面に映し出されているのは何の変哲もないLINEアプリだからだ。


「あれ? これってLINEですよね?」


 母親も同じ疑問を持ったようで、娘を抱きかかえたまま賢太に向かって質問を投げかけた。


「ええ。これはLINE上で動くAIなんです」


「はあ。そんなのもあるんですねぇ」


 母親は頷きながら言ったが、半信半疑といった様子だ。


 女の子は、2人の会話を無視して、タブレットの入力キーをでたらめに叩いている。


「あんたは打てないでしょ」


 そう言って、娘を床に下ろしてから母親は慣れた手つきで入力した。女の子は自分も見たいと母の太ももに抱きついて騒いでいる。画面を横から覗くと


 “こんにちは”


 と入力したのが見えた。


 すると、少しの空白を置いてから


 “こんにちはくわっ”


 と返ってきた。


「あら、本当に返信が来たわよ。こんにちはくわっ、だって」


 画面を見れない娘のかわりに返信の内容を口頭で説明する。それを聞いた女の子は一瞬ぽかんとした顔をしてからすぐに


「すごーい!」


 と満面の笑みではしゃいだ。老婆たちはその様子を見て「かわいいわねぇ」などと口々にこぼしている。賢太は入力されたメッセージを見ながら「これだと、ファインチューニングした意味がないなぁ」と心の中で呟いた。


「おすすめのお店なんかを聞いてあげると面白いですよ?」


 賢太は、自分の作ったAIにそれなりの自信があったため、母親にそう促した。潔世市ならではの情報を持っているのがこのAI最大の強みなのだ。


「あら、そうなんですね」


 母親は言いながら


 “近くのおすすめのお店を教えて”


 と入力した。


「まずい、位置情報は考慮していないぞ」とこれまた心の中で呟き、くわ助からの返信をドキドキしながら待っていると、位置情報どころの騒ぎではない、まるで予想外の回答が返ってきた。


“潔世市にろくなお店なんてないくわっ”


 目を丸くした母親はゆっくりと賢太の方を振り向き、しばらく無言で見つめ合う。すると、ただならぬ様子を察した育が間に入る。


「どうかしました…… うわっ、なにこれ?」


 育は眉間にしわをよせた顔で賢太の目を見た。母親と育の2人の視線を浴びる賢太は次に発するべき言葉を失ったまま呆然する。「なになに?」と無邪気に母親の腕を掴んで揺らす女の子の声だけが響いていた。


「ええと、ですね」


 なんとか声を無理やりひねり出し、頭を掻きながらタブレットの前に立つ。


「すこし、調査を……」


 タブレットを持ち上げようとしたその時、しゅぽという効果音と共にくわ助がメッセージを放った。


“人類は滅ぶ運命くわっ”

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