第27話 殴り合いは最終手段

 何が起こったのか、俺以外誰も分からなかっただろう。

 だが俺は手の骨を折りながらも、勇者のアホンダラをぶっ飛ばした。

「どッ? ぶぉぁ?!」

 吐しゃ物をぶちまけながら勇者は目を白黒させ、俺を見上げた。

「おま、まじもんの……チートじゃねえか」

「チゲえよ、特典で無効化しただけだ」

 俺が言うと奴は叫んだ。

「嘘だ! チート無効化ってお前も転生者だろ!」

 俺は眉を寄せた。

 残念ながら、俺はそんな有り難い身の上ではない。

「一時的に無効化しただけだ。奪ったわけでも消したわけでもない」

「だが俺のチートは特典も無効化してた!」

 そう呻く勇者であったが、ジャスパーのランスによって押し潰される。

「なるほど、特典での攻撃と特典本体への攻撃は別ってこと……特典が主なら従たる体も攻撃できるってコト……タイマー発動かしら?」

 実際に今も特典を行使しているらしきジャスパーは言った。

「特典そのものを攻撃って、ひねくれてないと思いつかないんじゃない?」

「言ってろ」

 そう言うと俺は構えを解く。

 ついに特典を維持していた魔力さえ枯渇したらしい。

 肉体の感覚が戻ったが、激痛で俺は崩れ落ちる。

 咄嗟にマデリンが介助してくれ、血の気の引いたセラフィラ様が俺に回復魔法をぶち当ててくれる。

「どうする? クリストファ、殺す?」

 俺が渡した魔王殺しの剣をジャスパーは剣呑な目をしながら手渡してきた。

「クリストファ」

 思い詰めた顔で、セラフィラ様が俺を呼んだ。

 俺は剣を取り……体を丸めて嬰児のようになりながら泣いている勇者を見た。

「なんでだよ、何で思い通りにならないんだよ、僕が悪いってのか、僕が弱いからか」

「それもあるが、学ばなかったからだろ?」

 俺は剣を抜き振り上げ……いくつかの視線に気づいた。

「………おいクソッタレ」

 俺は剣を勇者の顔面スレスレにぶち込んだ。

 奴はのろのろとそれで俺を見上げた。

「同族嫌悪だが、俺とお前はよく似ている。俺もお前も天に与えられたもので振り回されている」

 勇者は無言だ。俺だって、こいつに説教なんぞしたくない。

「だが今回は俺が勝った。何故か分かるか?」

「お前が、俺より優れたチート持ちだったからだろ……」

 俺はこの馬鹿をぶっ殺したくなったが、ぐっとこらえると言った。

「最後は人間、地力」

「地力」

 勇者は反芻する。

「俺とお前の違いなんて、そんなもんだ。修羅場くぐりゃあ俺なんぞ圧殺できたろうに」

「……殺さない、のか?」

「必要もない」

 俺がそう言って背を向けると、勇者は叫んだ。

「なんでだよ! 生き恥だ! 殺してくれ!」

 その勇者の足をキレたジャスパーがポッキーンと折った。

 悲鳴を上げる勇者だが、ソレに耐えかねて気絶していたチーレムメンバーが集まって来る。

 俺は、奴の環境が健全だとは思えなかったが、ソレでもついてきてくれる仲間がいるじゃねえかと思った。

「……じゃ、帰ろか」

 俺がそう言うと、ジャスパーとマデリンが返事を返す。

「疲れた。クリストファ、ねぎらう」

「私も」

「うっせーよ。こっちが一番重症じゃい!」

 そうやり取りしながら、中庭から離れていく俺達をセラフィラ様が呼び止めた。

「ねえクリストファ、私、益々あなたが分からなくなりましたわ」

「奇遇ですね、セラフィラ様。俺は貴方の心が分からない」

 俺がそう言うと、彼女は笑う。

「姫を助ける騎士は女性で、姫の前にメイドを助ける」

「……何言ってるんですか?」

「言いたかっただけです」

 最後に一度だけ、セラフィラ様は勇者を見て、俺達の方へと駆け寄った。

 俺は何気なく、月々を見上げた。


———特典に俺も飼われているな。いつになったらヒモでななくなるのか。


 何となく、そう思った。



 副都に戻ってセラフィラ様の兄上にアポ取って、セラフィラ様を引き渡して、ジャスパーが『妻は悪魔の化身亭』を定宿にして俺が風評被害を受けたり、マデリンとマルシアのせいで借金まで背負ったが、俺は無事であった。

 怪我は完治。

 元気ではあるのだが———俺は4度目のドウナット古城の座敷牢にいた。

「ほほほほほほほほほ! 愉快愉快!」

 トラブルメーカーたる月夜叉姫は絶叫調。

 そのうち、のけぞって「おーほッほほほほほほほほ」とかやりそうなテンションであった。

「あの馬鹿垂れの天狗の鼻をへし折ったか! 天晴れ!」

「……死にかけましたけどね」

 俺は引きつった笑顔で、そう答えた。

 何故俺の顔が引きつっているかと言うと、魔王討伐だけでなく勇者打倒まで行ったことで、いよいよ俺の危険性を看破出来なくなった梅蝶氏が鯉口を切った段平をチラリズムしていたからであった。

 抜き身の刃物って誰も嬉しくねーって!

「突き抜けた偏屈な特典も時に役立つのう! 褒美は何が良い?」

「くれるんですか?」

「姫様、クリストファも」

 テンションがバク上がりした俺だが、姫様ともども梅蝶氏に叱られて黙り込む。

「うむ、浮かれておるようじゃ。まあ、悪いことにはせん。ほれ」

 そう言って、姫様は一枚の紙きれを俺に渡す。

 植物紙らしい。カリグラフィーを極めたかのような複雑な文様が描かれており、俺は首をひねった。葦原語なんて読めねえよ。

 何だよ、表意、表音混在って。おまけに表音は二種類もあるとか!

「なんすか、コレ」

「誓紙じゃ。おぬしらで言う、契約書じゃな」

「ちょ…ッ!」

 なんつー物騒なモンを渡そうとしているんだよ。

「だから安心せい、おぬしの身柄の保証と安全を約束すると言うモノじゃ」

「……凄いんだか、平凡なんだか」

 思わず本音がポロリすると姫様はことなげに言った。

「無位無官の葦原人なら土下座する」

「意外とヤバい物だった!」

 俺がそう言うと、姫様は何時ものように扇を取り出し言った。

「まあ、こうして縁も出来た。機会あれば、丸河内に参られよ。持て成してやる」

 社交辞令に頷きつつ、姫様は良い笑顔で言った。

「うむ、ハゲ皇帝にもプークスクスのネタが出来た」

 ホントブレないですね、姫様。

 俺は曖昧な顔で誤魔化した。



 ドウナット古城から解放された俺は、そのままマルシアのところへ寄った。

 いつものように帳簿を見ていた彼女だったが、俺の姿を見るなり立ち上がり詰め寄って来た。

「オイゴラ! ド阿呆! よく顔だせたな!」

 いきなり首を絞められて、これである。

 俺は奴の魅惑のボディを押しながら言った。

「知らん! なんでだよ! 馬も馬車も金一封添えて返しただろ!」

「お前の愛人の強盗騎士が「イイ女の人生には金と良い服が必要、フェーデで稼いでくるから」ってウチのディープリンク号を勝手に持ち出しやがったんだっての! テメエの監督責任だろ!」

「益々知らねえよ!」

 何とか引きはがし、荒い息を交わしながらも俺とマルシアは見つめあう。

「まーた、死ななかったな」

「案の定な」

「そうやってスカしてるから、何時でもトラブル呼ぶんだ、クソバカ。腰を落ち着けて目的持てよ! そうすりゃフラフラ厄介ごとに首も突っ込まねえ」

 イライラしながらマルシアはドカッとカウンターに戻って座った。

 ソレでも俺は、彼女が定位置に居るのをなんかいいなと思った。

「助かったよ、今回色々」

「ウチは四苦八苦だがね! 速度超過に、騎馬戦! お前はマフィアか!」

「返す言葉もない」

 俺がそう言うと、マルシアは糞でかため息をついてから言った。

「ただよ、金と声は好きだぜ……それ以外は最低だがな!」

「奇遇だな、俺もお前の体が好みだ」

「糞童貞、ソレは切ってもらってから言え」

「童貞で悪いか!」

 そうひとしきり言い合いをしたところで、俺はマルシアに言った。

「じゃあ、わるかったなジャスパーは探してくるし、今度はまともな依頼で来る」

「ああ、そうだ。頼んだぜ」



 こうして街を歩くと、ばったり誰かに出くわすかなと思ったが、出会いたくないコンビに俺は出会った。

「あ、クリストファ。どうしたの?」

 元徒花の騎士にして、今俺の食客(大半は愛人だと思っている)ジャスパー。

「クリストファだ」

 それと、マデリン(何故か俺のメイドをしている)であったからだ。

「どうしたもこうしたも……お前、またその軍馬かっぱらったな?」

「ん? マルシアには賄賂で観劇のチケット渡したんだけど?」

「わーお、あの腐れ眼鏡、一言も言わなかったゾ」

 俺が静かに怒りを燃やすと、マデリンが言う。

「ふ、奴は「がさつ」を装ったケンカップル予備軍」

「何言ってん?」

「あー分かるかも、マルシアは押したらヨワヨワな気がする」

 女子らは不思議会話でキャッキャしているが、俺は見逃さないね。

 フェーデこと強盗決闘で勝ち取ったと思しき武器鎧が山ほど荷馬車に積まれていることを。こいつら、金遣い荒いからなあ……と俺が思っていると、二人は話し合う。

「今度は噂の耽美喫茶へ行こう」

「え? ちょっと淫らじゃない?」

「大丈夫、最近女性トリオ割が出来た」

「あーなるほどね、カップルじゃなくて団体さんだから大丈夫ってこと」

「そう、ふふふ美少年が待っている」

「こうしちゃいられない! マルシアも誘おう!」

 と言って、ちょっと死んだ目を……してねえな、この軍馬。

 コイツ、俺って言うか人間の男が嫌いっぽい。

「クリストファ! じゃあね!」

「じゃまたあとで!」

 元気いっぱい、二人は馬を走らせる。

 なんだかなあと思いつつも、なんだかんだで二人とも助けて良かったと俺は一人自己満足した。



 その後、俺はまたしてもセラフィラ様の兄上に捕まった。

 妹が会いたいとのことである。気乗りしないが、頼みと言えばしゃーない。俺は渋々、指定された修道院へと向かった。

「ちわっす」

 そうやって礼拝堂へと向かうと、セラフィラ様が祈っていた。

「神の家に雑ですね」

「まあ………かもしんないですね」

 俺は信者席にだらしなく座ると、セラフィラ様が祈り終えるのを待った。

「クリストファ」

「なんです?」

「貴方、特典について、どうお考えで?」

 そう言われ、俺は即答した。

「すべては神のみ技。小神でも大神でも関係なく、ただこれだけのこと」

 俺の答えに、彼女はビックリしたまま固まった。

「神学を学ばれた? いえ……」

「受け売りです。誰に聞いたか忘れましたが」

 嘘である。

 本当は、死んだ育ての親の言葉だ。

「………そう思われているなら安心しましたわ。私、貴方があのバカと同じだと告白したのでちょっと疑っていましたのよ?」

「ははは、そりゃねえ」

 俺は天井を見上げる。

 夢を見なかったと言えばウソだ。今も見ているとは思う。

 けれど俺の特典は、英雄のモノでなく、どこまで行っても演技と言う行為に帰結してしまう。通常の演劇の第四の壁を超える強力な能力であるが、それまでだ。

 俺は芝居を書けないし、役者をするには少々見目が悪い。

「その力で、貴方は何をなさりますの」

 そうセラフィラ様が言ったので、俺は笑って答えた。

「俺は、したいことがある時に、力を使うんです」

 セラフィラ様は曖昧に微笑んだ。

 何となくだが、勇者が惚れた理由が分かった気がした。

 俺はおギャらないけど。



 深夜のギルドに、用事もないのに顔を出した。

 年齢不詳の姐さんは今夜も気だるげだ。

「姐さん、一発、一発ひっぱたかせてください」

「あらやだ、下手なお誘い」

 姐さんは、俺のバカな発言にケラケラと笑う。

「妹分を助けてこれっすか?」

「自分で蒔いた種でしょう?」

 ぐうの音も出ない発言に俺は笑うしかない。

「じゃ、銀貨返します」

 俺が財布から銀貨を取り出すと、オキニス姐さんはソレを仕舞いつつ、俺に聞いた。

「ねえ、クリストファ」

「なんです姐さん」

「冒険、楽しい?」

「さあ? まだわかりません」

 俺が答えると、彼女は夜の女神のように微笑む。

「君が満たされる日が、くるといいね。良い夢を」

「そう思ってますよ、ぼかぁ」

 俺はそうして彼女に背を向ける。

 時折、ふと考える。


……オキニス姐さんは悪魔や龍の化身で、俺を暇つぶしに見ているのではないのかと。


 もちろん、俺の妄想である。

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