第26話 本物、偽物、借り物

 錐揉みになりながら四方八方に体をぶつけた。

 そもそも凶悪極まる純魔力の奔流である。皮鎧で即死こそ避けたが、装備は大破。そんなありさまでも、必死で頭を守っていると何時の間にか回転が止まった。

 守っていたが、それでも頭の何処かを切ったらしい。

 じっとりとした血が顔へと落ちてくる。最悪なことに、左眼も強く打ち付けたせいか視界が合わない。

 酩酊の効果も残っているのか、体は少しも動かない。

 舌だけが動くのは、助かったのか不幸だったのか。

「雑魚! 雑魚! 糞雑魚! 見たことか、俺が最強だ!」

 バンバンと勇者は手を叩き、気分よさげに話し出す。

「スゲーだろ、俺のチート特典。無差別平等に俺へのありとあらゆる事を押し付ける!」

 奴は剣を肩に担ぎブラブラさせながら言う。

「しかも自動も可、だ。襲撃者が寝込みを襲ってきても、俺のチートは眠りを何倍にもして押し付ける!」

 俺は盗賊の不審な昏倒の答えを知った。

「でもって、放出の聖剣:ディレウスがあれば攻守無敵!」

 奴は俺の近くまでたどり着くと、膝を曲げて俺を見下す。

「どんな気持ち? 悔しいよねー、力が無いってのは」

 俺は返事を返せない。

「俺は神にチートを貰った! いずれは皇帝……いや世界征服だって!」

 気分よく奴は言うと、俺の脇腹を蹴飛ばす。

 悲鳴もうめき声も上げられぬまま、俺は蹴り飛ばされ、床に叩きつけられる。

「おい、悲鳴くらい上げろよ……萎えるなぁ」

 勇者はそう言うが、気分を切り替えたらしい。

「までも、許したげる。更に、更によ? 俺には他にも特典沢山あります!」

 奴は天を仰ぎながら言った。

「俺は持ってるんだ! 夢もある! 俺の筋書きは成功を約束され変わらない!」

 そんな勇者の独擅場に、水を差したものがいた。



 やや、やつれて血色が失せていたが、セラフィラ様の声が響く。

 二人がやってくれたらしい。

 だが、どうして? と俺の疑問を他所に彼女は勇者を責める。

「では、ソレを理由にして他人を踏みつけても、義務を放棄しても、権利を悪用しても良いという事でしょうか?」

 監禁していた筈の人間の登場に、勇者は察し、そして激高した。

「セラフィラ? あんの、クソアマども! ぜってえ、分らせてやる!」

「そして殺すのでしょう? 私も、ついでに」

 セラフィラ様の一言に、勇者は醜悪に顔を歪めて言った。

「んなもん決まってるだろ! 俺を好きにならない、俺が気に入らない奴は死ぬべきだ! 俺は愛されてたいんだ! 愛さない奴も要らない! ポイ捨てしてやる!」

「だから、ツマラナイ男と誰からも言われるのですよ」

 セラフィラ様は辛辣な言葉を吐いた。

「才人としての振る舞いをしようともせず甘える。だから、あなたは軽い」

 図星らしい。

 今まで威圧と怒りで罵り続けてきた勇者が黙り込む。

 だが、奴は見苦しくも言い返す。

「お前らだって、同じだろうが! 特典って神から与えられた力で威張り散らかす! 俺と何が違う! お前の生まれも顔も体もステータスも、親父とお袋の親ガチャがSSRだったかららだろうが! 俺と一緒にするな! 俺を同列だと思うな! 俺は特別だ!」

 転生者らしく、時折意味不明な言葉が混じるものの、俺は勇者の意見を聞く。


……意外だ。


 自分でも認めたくないのだが、勇者の言葉は俺の胸に響いた。

「持ってる奴は皆そうだ! 持っていることを開け散らかす! 当たり前だと嘯いて、その立派さを理解しない! 義務から逃げるだぁ? そう言ったがな! セラフィラ! 優秀だったり恵まれた奴らじゃない野郎どもには、そうした苦しみもあるんだ! 才能なく、知恵もなく、俺に期待だけしやがって! それで少しサボれば見放す! お前らは糞だ! 勇者勇者勇者と崇めてればいいだろ? それがこの世界だ!」

 一気にまくし立てた勇者は口を閉じる。

 そうして、セラフィラ様は決定的な一言を吐いた。

「会話が通じませんのね。貴方は、地に足を付けてらっしゃらず、夢に生きている」

 勇者は絶句する。

 俺も心に来るものがあった。

 だけど俺は、そんな彼女の為に詠唱を始める。

「生きることに苦痛は何時だって付きまとう。ソレでも地に足を付けて生きていくのが普通の人間だわ。貴方は、不満ばかり、責任転嫁して自分は変わろうとせず、世界に変わって欲しいと願ってるんですわ。夢、野望? 叶わないから貴いとされるその側面を見ようともせずダダを捏ねる」

「……めろよ」

「理解できないことを知ろうともせず、妥協も覚えず」

「…めろ」

「壁を作って頭で描く夢想に近づくほど喜ぶ、周囲の軋轢も知りもせず」

「いいかげんに……」

「貴方は、どこまで怠惰なのですか」

「 僕 のことを悪く言うなよ!」

 絶叫である。

 勇者は涙を流し、聖剣を手にした。

「もういい! もういい! お前らなんて壊れろ! 死ね、糞女!」

 そうして聖剣は振り下ろされた。


……だが、その聖剣はセラフィラ様へは届かなかった。

 

 土壇場で呪文詠唱を完了した俺が、剣片手に滑り込んだからである。

 

【我は我にあらず、

 我はこそは大衆大願の鏡

 舞台はここに、観客は一人

 泡沫の全ては筋書き通り

 演ずる今こそが真


 芝居よ、生きよ 幕よ上がれ 世界演出劇場】


 血のあぶくで呼吸困難になりながらも、長い呪文詠唱を完了した俺は特典を発動。

 強制的に我が身を「勇者」役の化身に変えると二人の間に割り込んだ。


……客観的に見てヒデエありさまである。


 半死人が泣き出しそうな色男と剣を交えているのだ。

 打ち合う方の勇者は、悲鳴を上げそうな顔になりながら俺に言った。

「手前もチーターかよ!」

「天から与えられただけの不相応な能力だがな!」

 前回も演じた役と言う事で、問題なく「勇者」を運用出来る……と言いたいが肉体の損傷を無視しつつ、魔力の貯蔵量を吹っ飛ばして限界まで酷使しているなど、何時倒れても可笑しくない。

 幸いにも、セラフィラ様と言う観客の存在が、俺の演技を続行させていた。

「やっぱりテメエが魔王殺しだな! 俺の手柄を奪いやがって!」

「お前が怠惰に過ごしてるから、俺が後始末したんじゃボケナス!」

 一合、二合、三合と剣を打ち合う。

 役が勇者と言う概念だからか、それとも目の前の腐れ勇者がへぼなのか分からない。

 だが、俺達は攻撃を続けながらホールを飛び出し、邸宅中庭に躍り出た。

 彫刻の立ち並ぶ噴水を、時に粉砕しつつ俺たちは殺しあう。

「お前のせいだ! お前のせいで俺は無能扱い! もう俺は笑われたくないんだよ!」

「知るか馬鹿野郎! だったらヤルことやってこい!」

 聖剣の攻撃を捌く神技を続けながらも、俺はじり貧だと感じていた。

 魔力のガス欠で、俺は死ぬ。

 おまけに武器の差で徐々に向こうが有利になりつつある。

「被害者ぶりながら、お前は拉致監禁したんだ! 女の敵!」

 俺が罵声を上げると、ヒートアップしたアイツは俺に向けてチートを行使する。

 聖剣に蓄積されたダメージがそのまま俺の剣に返ってくる。


……結果、剣は耐えきれず破損。


 丸腰となった俺はたたらを踏む。

「黙れ! 俺はやり返していいんだ! 俺には権利がある!」

 勇者は止めを刺さんと俺に向かってくるが、ソレを投擲された「すりこぎ」によって中断された。

 チート全開だったのだろう、すりこぎはおが屑状になった。

「なんでだ! 誰が邪魔する!」

 怒り叫ぶ勇者へ、すりこぎを投擲したマデリンは言う。

「見苦しい男は嫌い」

「糞冥土!」

 魔力の奔流を勇者は放つが、身軽なマデリンはソレを回避。

 お返しとばかりにお玉などで勇者を切り刻む。

 ところが、ろくに勇者には通らず、武器を失ったマデリンは舌打ちしながら身をひるがえす。

「効かねえ! 俺は勇者だ! チート持ちなんだ! ただのノーマル特典持ちたるお前ら現地人とは違う! 特別なのは俺一人だ、俺は夢を叶える資格がある!」

 勇者は再び俺へと向かってくる。

 だが、とんでもない速度で投げつけられた巨大な彫刻がソレを阻んだ。

「何かを言い訳とかにして鼻にかける男は、大っ嫌い」

 投げつけたジャスパーが新たな彫刻を引き抜きながらそう言う。

 菓子細工のように彫刻を粉砕した勇者は怒りで顔を深紅に染め上げながら、俺らへと飛び掛かりながら吠えた。

「何故だ! 何故お前には! そうして人が付いてくる!?」

「しつこい!」

 ジャスパーの渾身のフルスイング。

 チートは彫刻を粉砕するものの、そのエネルギーまでは消せなかったのか? 勇者の体を吹き飛ばす。

 俺はソレを見て違和感を覚えた。いや思い返せば……マデリンの特典も通っていた。

「ジャスパー、今のは?」

「え? 特典の運動操作でぶん殴っただけだけど」

 そのやり取りを見ていたマデリンが忠告する。

「来る!」

 埒が明かぬと思ったのか、勇者は魔力の奔流で薙ぎ払う。

 ジャスパーから大楯をひったくった俺はソレを弾き飛ばす。

「……俺、はじけてない?」

 そして、俺は奴のチートの正体に気付いた。いや特典の仕様に。

「俺が俺こそが、最強だ! 俺だけが俺を救える! 俺は! 俺は! 世界を!」

 醜悪にも思える勇者。

 だが俺は他人だとは思えなかった。けれども、俺は———特典を実行する。

「【演出実行:降板 期間:三日 対象……敵、贈与特典!】」

 一か八かの対特典攻撃を俺は試みた。

「世迷言を!」

 目的は達成したものの、要求された魔力を供給できずに勇者役が抜けた俺。

 それでも俺はステゴロの構えを取った。


……勇者は糞見てえな力任せの大振りを行い、俺は身を屈め回避する。


 引き延ばされた時間の中、俺は勇者の右胸に左の拳を叩き込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る