第25話 理不尽に挑む

 田園が段々とブドウ畑へと変化していく。

 月明りでも、生け垣の向こうに洒落た邸宅が立っているのが分かった。

 ここ、元は趣味人の貴族が個人的にワインを醸していたらしい。

 だが栄枯盛衰。その貴族家の没落に伴い、成金の事業家の持ち物となった。

 ソレでもまだワインを作っているのは、契約する農夫らの生活の為か、それとも貴族家が持っていた箔を借りようとしたためか。

 馬上の人となった俺らは、馬を潰さぬよう注意して進み、こうして目的地を目に捕らえた。

 目の前には、でかでかと門があるが、番兵の姿はない。

「ああ、こういう系」

 ジャスパーは、言う。

「砦ではない……ってのがお粗末さだよな」

「私たちは賊だもの」

 馬鎧の軍馬に本人は重甲冑、ぶっとい馬上槍に例の大楯。そんな姿のジャスパーは皮肉げに呟く。

「やるか」

「口上は?」

「必要ない」

 窓から漏れ出るあの明かりの下に、きっとマデリンとセラフィラ様がいるはずだ。

「じゃ、一番槍」

 そう言うが早いか、ジャスパーは馬の腹を蹴り加速させる。

 恐らく特典の効果だろう。人馬一体の化した彼女は破城槌の如く門へと殺到する。

 轟音と共に門を突き破った彼女は馬を止めず、そのまま本館へと走っていく。

「行きますか!」

 俺もまた馬車を下りると、そのなだらかな坂を走った。

 石畳を駆け上がっていると、ジャスパーが本館の扉を粉砕するのが見えた。元貴族邸宅と言うのが、不味かったようだ。

 下馬することなく、彼女は室内へと軍馬ごと突っ込む。

「攪乱してる間に……」

 口では姫様にああ言ったが、俺は勇者を打倒することを目的とはしていなかった。

 マデリンとセラフィラ様の身柄さえ確保すれば、俺の目標は達成されるのだから。

「事前に侵入してるって話だが……こりゃ返り討ちか?」

 ただ俺は静まり返った本館に、異様な感じを抱いていた。

 凄腕を集めて盗みに行かせたはずなのに、今となっても向こうから接触してこない。

「……!?」

 すわ死体かと思い俺は足を止めたが、見れば明らかに生きていた。

 例の盗賊であろうか、中年男を想像していたのだが意外と若い。

 ただ、色々と不自然過ぎた。

「昏倒……でもない、眠り?」

 寝息を立てているのだから見間違いのしようがないが、ソレでも解せないものは解せない。何故だ?

「………聖剣か、それとも特典か」

 嫌な相手かもしれない。

 と、俺は思いながら本館を進む。背後では、どうやらジャスパーが会敵したらしい。

 炸裂音と、重い打撃の音が聞こえた。

 別行動は悪手だが止むを得まい。俺は更に急いだ。



 貴族の屋敷だ。

 何処かに後ろ暗い場所があるはずだと酒蔵の奥を蹴飛ばせばビンゴだった。

 俺は悪趣味な拷問室が設置された牢屋をぐるりと見まわし、目的の人物を見つけた。

「……クリストファ?」

 ボロボロだが、五体満足のマデリンである。

 彼女は俺を信じられないような目で見て来た。

「無事か?」

「無事に見える? 誰と来たの?」

 鍵開けを試みながら俺は口を開く。

「そこは無事って言うべきだろ? ジャスパーだよ」

 ただマデリンは顔を下向けた。

「…………しくじった。不覚」

「しゃーない」

「しかも、そのせいで辱めを受けそう」

 そう言うことは後にして欲しいです、はい。

「誰からよ?」

「クリストファ」

 軽口叩けるだけ、元気な様子で俺は安堵した。

「同業の副業にゃ、口を出さんのが出来る冒険者だぜ?……物言わぬ骸でなかっただけでなく、直視を憚る状況でなくて本当に良かった」

「勇者、盛りのついた猿だったから」

「なんで無事だったん?」

「特典でやり返し。やつの特典を攻撃して賢者にしてやった」

 うっわ、エゲつね。

「よっしゃ、解けた」

 施錠を外すと、マデリンが出てくる。

「………ありがと。でも」

 そう言いにくそうに、マデリンが言う。

 俺はその先を言わせず、言い切った。

「お前のついでにセラフィラ様も助けるに決まってるだろ」

「やるの? 勇者殺し。名実ともに大魔王に……」

「必要とあれば。と言うか後半、君のせいだからね?」

 俺は姐さんの妹分と合流すると、今だ戦闘を続けるジャスパーの元へと向かった。



 居住区に戻ると、ヒデエありさまだった。

 明らかに馬上槍によると思われる壁への大穴。床に刻まれた蹄鉄の痕。横見している暇もなく、見ればジャスパーが勇者の取り巻き女一人を馬上からの大楯によるバッシュでぶっ飛ばしていた。

 俺らは、そんなパーティホールでジャスパーの雄姿を見ていた。

「アレ、顔に入れたな」

「たぶん鬱憤で腹に据えかねてたんだと思う」

 軍馬と装備のせいで、完全に悪の強盗騎士にしか見えないジャスパーは、こちらへ気づいた。

「クリストファ! マデリン! 無事なの?」

「なんとかな!」

 大声に大声で返すと、ジャスパーはこちらへと戻って来た。

 軍馬も合わさって威圧感がスゲエ。

「あれジャスパー、クリストファの前なのに猫被ってない」

 マデリンはジャスパーへ、そう言う。ちょいまち。

「被る猫を、クリストファが金で解決したからね」

 ジャスパーは軽口を返すと、俺に言う。

「アバズレどもは全員戦闘不能のハズ」

「流石、騎士様」

「だけど気になるのは、勇者が———」

 唐突にジャスパーは神業の馬術で、室内にも関わらず馬を棹立ちさせた。

 巨体がのしかかってくるような錯覚に、とっさに俺とマデリンは移動する。

 そうしてポッカリと空いた空間を、ライトブルーの光芒がカっ飛んで行った。

「出た!」

「来た!」

「マジかよ!」

 寝巻姿で、赤ら顔。

 腕にワインのマグナムボトルと【聖剣:ディレウス】をぶら下げた勇者がそこにいた。

「人ん宿に深夜に押しかけててろとあ! この野蛮むちぃの異世界人どもめ!」

 かくごしやがれ、と奴は言うが俺は好機だと思っていた。


……彼我の力の差があろうとも、酔漢ならばいくらでも隙を付ける。


 ところがだ、俺はすぐさま思い上りに後悔することになった。

「キレちまいましたよ! キレたよ! ふざけんな! セラフィラを成敗棒しようとしたのに最悪の気分だ!」

 勇者の馬鹿を中心に、大気中の魔力が吸い寄せらせる。

「死んでこいや!」

 二度目の青い光の奔流が部屋中を駆け巡る。

 俺は四の五を言わず、マデリンの首根っこを掴むと火事場のクソ力でジャスパー目掛けぶん投げた。

「ちょ!」

「マデリン? クリストファ!」

 難なく片手キャッチするジャスパーと、キャッチされたマデリンに向け俺は叫ぶ。

「二人はセラフィラ様を! 俺が何とかする!」

 二人の諮詢は刹那に満たず、両者は俺への罵倒と共に退避する。

「死ぬな!」

「逃げる努力をしなさいよ!」

 返事は返さず、俺は剣を抜く。 

 対する勇者はワインをラッパ飲みで飲み干すと瓶を捨てた。

「あ……? お前」

 勇者は俺の正体に気付いたらしい。

「なんだ、そう言う事か。ははん、暗殺者だろ? やっぱイベントあると思ってたんだよ! パーティーメンバーの脱退、魔王の不審死! そら、こう来た!」

 俺は怪訝そうな顔をしたと思う。

「何を言っている?」

「分かってねーなー……この世界は、筋書き通りに進んでいるのさ」

 図らずも自分の特典の一端を言われた俺は面食らう。

「そう筋書き。俺が俺として成り上がるための、な」

 何を言っているのか、さっぱり不明。

 だが俺は一気に距離を詰め、剣の腹での打撃を狙った。

「うぉっと! あぶねー! おい、野蛮人! 俺がどうなってもいいのか?」

「どうなろうと興味ない。セラフィラ様を回収したら消えるさ」

 俺がそう言うと、ピクリと勇者は眉を動かす。

「俺のモンを奪いに来たって?」

 俺は、目の前の男の空気が変わったのを感じた。

「もう俺は誰からも奪わせない! 苦しませて殺してやる!」

 逆鱗に触れた、と言うのか。

 三度の魔力の射出を勇者は試みる、俺は咄嗟に飛ぶが……

「甘い! チート:責任転換!」

 次の瞬間、俺は強烈な酩酊感を食らった。

「ぐ!」

 世界が回り、頭が内側から破裂しそうになる。

 動悸が止まらない体は痺れて震え、動くのはままならい。そんな有様では聖剣の一撃を回避することなどとてもできず、俺は光の奔流に吹き飛ばされた。

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