第24話 お前本気で誰かを理解したとか言うの?

 俺が出した金に、ブルーク氏は無言であった。

 だが、行けとばかりに鍵を渡され奥へと通された。


……目的の、ジャスパーがいる部屋へ近づくと、金切り声が聞こえた。


「ああ! どうして! どうしてなの!」

 何をやっているかは、定かではない。

 だが錯乱しているのは間違いない。俺は扉をノックし、鍵を開けた。

 鉄格子を挟んで、俺とジャスパーは向き合う。

「誰!?」

 轟音を上げて、鉄格子に枷が打ち付けられる。

 ジャスパーはそこで俺を認識し、黙った。

「俺だ。気が立ってる時に悪い。力になってくれないか」

 ジャスパーは返事を返さない。

「頼む」

 頭を下げると、再びの轟音が鳴った。耳が痺れる中でも、俺は頭を下げ続ける。

 やあって、ジャスパーが口を開いた。

「ジャスパーに、そう言う男、多かった」

 俺は顔を上げる。

「貴方だけは信用できるの———そう言うと思った?」

 再び彼が鉄格子に打ち込まれる。

「現実の男はいつもそう! 私から搾取しようとする! 優しくしたから? 金をやったから? 恵むからその対価だ! お前だってそう言うんだろう!?」

 打ち込みと言葉は止まらない。

「私は化け物じゃない! 騎士だ! お前のように頭を下げて、流して! 何も考えていないのとは違う! 貴様も蛇のような心をしているんだろう! 私を騙してここへ入れた輩のように!!」

 蹴りも加わり、唸りと軋みは相当なものだ。

「利己の為、己を満たすことしか考えてない! 怠惰に奪っていたいと、お前の心根もあのバカな勇者と同じだろ! 私に声をかけて期待させて、利用しようとして好感を得ようとする! 違うか! 答えろ!」

 打撃は止まらず、彼女の四肢からは血が流れる。

 やがてジャスパーも息切れたのか、荒い息遣いだけが部屋に響く。

 俺は、そんな彼女に言った。

「俺を信じろとは言わない」

「……軽い言葉」

「ああ、だけど……セラフィラ様とマデリンは信じてくれないか」

 そう言うと、ジャスパーは反応する。

「……なにすんの、アンタ?」

「勇者に喧嘩売って、捕らわれたメイドを助ける。姫は余力あったら助ける」

 俺がそう言うと、ジャスパーは信じられないと言った顔をする。

「勝てるの、アンタ?」

「知らん」

 俺は隠すことなく伝えた。

 五分五分どころか、ほぼ負け確定の戦いである。

「でも、彼女たちは助けられる。俺が騎士ならよかったんだが………なあ、力を貸してくれないか?」

 俺がそう言うとジャスパーは沈黙し、それから言った。

「役者じゃなくて詐欺師ね」

「真心の為に特典使ってた方がいいか?」

 俺が言うと、ジャスパーは今まで被っていた猫を捨ててこういった。

「いいわ、乗ろうじゃない」

 俺はこうして、強力な騎士を味方につけた。

 そうしてジャスパーが装備を整える間、ブルーク氏が俺に声をかけた。

「君、やはり大きなことをしようとしているね」

「格上挑戦です。しかも、姫様と女中を取り戻すって素敵な話ですよ」

「……だが向こうは勇者様だ。そして君は賊となる」

 俺は黙る。

 資金の大半を使い、ジャスパーを解放した。

 後悔はしていないが……そんな俺の内を悟ったかのように、ブルーク氏が言う。

「男も女も、心を燃やせるものだよ。夢や欲望でもいい」

「至言、ですね」

「君は燃えているか?」

「いやそれが、夢も復讐もないんです」

 そう俺が言うと、ブルーク氏は大笑いした。

「君、私と似てるな」

「ご冗談を……大身の貴方と自分なんて」

 そこでブルーク氏は断言した。

「違うモノか。大きなことを出来るか否か、私と君はそこが似ている」

 ただ、と彼は付け加えた。

「君は女性を乗せるのが巧みだ。声がいいからかな?」

「さあ?」

 俺は苦笑した。



 夕刻の副都の正門脇で、俺らは情報屋と会っていた。

 『蛇の移動屋台』に戻るかとも考えていたのだが、ありがたいことに先方が気をまわしてくれたようである。

「……それじゃあ、旦那様がた、あっしはここで」 

 情報を全て貰うと、印象に残らない顔をした情報屋は立ち去ろうとする。


……馬鹿は、何も考えていない。


 『蛇の移動屋台』経由で派遣してもらった情報屋からネタを仕入れれば、即分かった。

 バカ勇者はチーレムのコネでセラフィラ様を拉致したらしい。

 で、ワイン園に監禁しているのだそうだ。

 マデリンは、それを危惧して後を付け、同じように捕まったのだと言う。


……いい人過ぎるよ、アイツは。


 オキニス姐さんなんて見てみろ? 口を動かすだけだ。

 全てを分かっていても動かさない姉に似てない、他人思いな妹分だこと。

「ありがとうよ」

 俺は情報屋から全てを仕入れ、納得した。

 ヒトの口は軽い。そしてやましいことをした人間ほど、その悪さを吹聴する。それは罪の意識を軽くしたいからだろう。

 あるいは、口に出すことで自尊心を満たして誤魔化したいのかも知れない。

 どちらにせよ、居場所が割れたのは上出来だ。

「アイツ、信じられる?」

 騎士服姿のジャスパーが去って行った情報屋を胡散臭げに見て言った。

「口で食ってるんだ。ガセを掴ませた日にゃ、皆から仲良くしてくれる」

 俺は情報屋を信じていた。

 お粗末な根性の勇者様が馬鹿なのは実体験しているしな。確度はそこそこだ。

「討入りは何時?」

「泥棒さんの仕事を待てって言いたいが」

「が?」

 俺はジャスパーに言う。

「即断即決だ。朝駆け、または夜襲と行こうじゃないか」

 俺はマルシアを拝み倒し、軍馬と2頭引きの馬車を借りていた。

 鹿毛の牡馬たちは黒い目で俺らを見ている。ジャスパーは騎士だけあって、一家言あるらしく馬を見て目を細めた。

「いい馬。馬上装備の指示はこういう事?」

「そう言う事。頼むぜ、騎士さんよ」

「遅れないでよ」

 ひらりと馬へとジャスパーは乗る。

「行こう、クリストファ」

 俺は頷くと、同じく御者台へと滑り込むのだった。

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