第23話 バカの特権は進めること
ワーズワース家の馬車に詰め込まれ、俺は兄上から事情を聞いていた。
「……妹から聞かされたが、お前が魔王を殺したんだな?」
「ええ」
ランプの暗い明かりの中だ。
陰鬱な表情を隠すことなく、セラフィラ様の兄上は言う。
「その、妹が吊るされようとしてる。それか奴隷落ちだ」
「はッ? 何故ですか?」
あの姫様がしくじったのか、と俺が思ったが兄上はうつむく。
「エンジュ家は全力で後押ししてくれた。だが、勇者様とその周囲が止まらず……」
「正気ですか?」
あのバカ勇者、物事の道理も飛ばしたのか?
「チートが健在である以上、まだ魔王が残っているのが勇者様の言い分だ。そして妹は、魔王にたぶらかされたのだと主張されている」
開いた口が塞がらない。
赤っ恥を晒しながら、まだ恥の上塗りをしようとしているのか。
「魔王の首は? エンジュ家に手渡した筈です」
「過去にエンジュ家が打ち取った魔王のモノだと……」
俺は頭を抱えた。言いがかりも過ぎる。
「だから、セラフィラ様を? 馬鹿じゃないですか?」
「そも勇者様のかじ取りに失敗したのが響いている。陛下も、勇者様と認定した以上、大事にしたくないと」
「だからって吊るしますか?」
俺が言うと、セラフィラ様の兄上は俺を睨んだ。
「お前のせいでもあるんだぞ」
「……煽ったことが原因ですか」
勇者様を馬鹿にしまくった大魔王くだりを俺は思い出す。
だが、彼はそれだけじゃないと言う。
「それもあるが、ペガサスでの脱出騒ぎだ」
「アレが?」
「指揮してたのが、我が家の政敵でな」
「面子潰されたから、意匠返し………ってことですね」
俺が言うと、彼は言う。
「私は全てを知っている。私がお前に思うように、お前が私に好感情を持てないのも分かっている。だが、私の知る中で何とかできそうなのはお前だけだった」
「期待はずれかもしれませんよ」
俺がそう言うと、彼は黙る。それから馬車の戸を差して言った。
「言うだけ言った。やってもやらなくてもどちらでもいい、だが———私は妹をお前が見捨てたのなら、絶対に許さない」
冷え冷えとした声が、馬車に染みて言った。
俺は口を開くと言った。
「ならせめて、ギルドに依頼かけてください」
俺は彼の返事を待たず、外へと出た。
……今動くには、情報が少なすぎる。
ソレに、疲れていた。
俺は月々を見上げながら、部屋へと急いだ。
走りながらも、俺の脳裏には「誰かの夢を潰したから、その報いを受けているのではないか?」そんな考えが浮かんでは消えていった。
しっかり寝て、翌朝だ。
思い悩んでいるからか、食欲は無い。が、いつも以上に腹へと突っ込む。
そうして食堂でガツガツ食べていると、ソレを見たビー坊が不思議そうに聞いた。
「クリストファ、しごと?」
「ああ」
「そう、がんばって。さいきょうなんだから」
最強ね、俺は苦笑いを浮かべかけ——止めた。
ビー坊の手に銅貨を握らせてやりつつ、俺は言った。
「ああ、そうさ。最強だとも。俺は魔王だって倒せる」
そう言うと、ビー坊はきょとんとしてから、俺に言った。
「ゆうしゃさまってこと?」
「ま、そうかもな」
俺はビー坊の肩を叩くと、食堂を出た。
寄り道せず、ギルドに顔を出す。
カウンターで、若手の男の受付に話しかけた。
「俺宛の指名依頼、来てないか?」
彼はビックリして、それから言った。
「え? あ、はい。来てますよ……求ム、ヤクシャノと」
「そうかい、見せてくれよ」
彼が渡した依頼書に目を通す、そうしてどうすべきかと考えていると、おずおずと受付が話しかけてきた。
「あの、クリストファさん?」
「なに?」
俺は依頼書から視線を外さず答えた。
「その………最近、マデリンさん見ませんでしたか? 指名依頼を受けに来られなくて困っているんです。宿にもいらっしゃらないようで……」
俺は顔を上げた。
「ソレは、本当か?」
「え、ええ」
俺は受付の彼の両肩を掴んだ。
「いつの話だ? 何時からだ? ソレは!」
「ちょっと、痛いですって!」
抗議の声で、俺は我に返る。
「……悪い」
「どうしたんですか? らしくもない」
「………そうだな、俺らしくなかった」
俺はそう言いつつ、彼に言った。
「すまん、あと俺の口座の金、全部降ろしてくれるか?」
「はい?」
受付の彼はビックリした表情を浮かべた。
三度目のドウナットの古城である。
摘まみ出されるかと思いきや、あっさりと俺は通された。
「来たか。割と遅い……いや、事態の把握をしてからなら早いか。我らが引き払っておらずに幸運だったの」
月夜叉姫はそう言って、鼻を鳴らす。
「お前の言う事を当ててやろうかと思ったが、やめだ。ワーズワースの娘は助けんし、勇者も放置せよ」
「何故です?」
俺が問うと、月夜叉姫はその表情を歪め言った。
「知れたこと、あの阿呆がよほどの愚物だったからよ。道理を知れる状況に身を置きながらこの始末。手を下すまでもない。バカは馬鹿として踊っていればいい」
俺は怒りを堪えて口を開く。
「一度は助けようとした、セラフィラ様を見捨てると?」
「我らの責任ではない。御せないアレの失態よ」
俺が近づくと、梅蝶氏が何時の間にか刀を引き抜いて、俺の眉間に突き立ていた。
「下がりなさい」
「…………エンジュ家の理由は理解しました」
眉間から血を流しながら俺は引く。そして姫に聞いた。
「では、お尋ねしたい。バカを倒してもいいですか?」
俺がそう言うと、月夜叉姫は真顔になった。
「狂ったか? いくらお前が演技系最上位の特典持ちだとしても———奴は勇者ぞ、衆愚が望む善玉を討てるものか」
事実だ。悔しいが、事実だ。
敵が「魔王」と言う悪役だったから、俺でも倒せた。だが勇者は? 誰が見たって英雄でヒーローだ。特典の演技で倒そうにも、そんなご都合主義な役は存在しない。
俺に勝機があるとしたら、同じく「勇者」か名高い英雄を演じるか……神話の「支配」「闘争」「病」「飢え」の4騎士を演るくらいしかない。
だが、4騎士は演じたが最後俺は役の宿命として死ぬだろうし、勇者に「勇者」役やら「英雄」役は模造品が本物に真贋判断を持ちかける様なものだ。
真に迫っても、何時かはメッキが剥げる。最強と嘯いても実態はコレだ。
だとしても、俺は口を開いた。
「やって見なければわからんでしょう」
俺がそう言うと、梅蝶氏が口を挟む。
「アレは馬鹿ですが、不意打ちで死ぬタマではありませんよ」
「それでも、です。俺が倒して問題ありますか?」
俺が語気を強めると、月夜叉姫はあきれ顔で言った。
「死ぬと分かってやるか。それもよかろ。倒せるもんなら、倒してみせい」
「言質は取りましたからね」
俺はそう言って、退室しようとする。
月夜叉姫は止めず、ただ梅蝶氏だけが俺と共に出て来た。
「賢い選択とは思えません。もっと有意義に生きられては如何ですか」
彼女は俺にそう言った。だが、俺はこう返した。
「助けてもらって、恩知らずは嫌なんですよ」
「損してでも名を上げたいと言いたいのですか?」
彼女の疑問に俺は言った。
「自分、ひねくれてるので」
そうだとも、夢が終わった人間が夢に生きる人間に挑むのだ。
分が悪いのは、分っている。
再び、俺は『蛇の移動屋台』へと向かった。
乱闘の後は何処にもなかった。ただマスターは俺を覚えていたのかチクリと言う。
「その節は、ありがとうございます」
「すみません。詫びが遅くなりました」
俺はマスターに、金貨を手渡す。
マスターは顔色一つ変えず懐に仕舞うと、俺に言った。
「何をお望みか? 冒険者さん?」
「以前言っていた、優秀な盗賊を有りっ丈。とある馬鹿を止めたくてね」
「何をお探しで?」
「美少女達だよ」
俺が言うと、マスターはジョッキを吹く手を止めて言った。
「年寄りの小言ですが」
「なんです?」
「貴方の仁義、裏では好ましいですが……表ではどう取られるか、御分かりにならないはずがないでしょう?」
マスターは、清掃の手を止めた。
そして惚れ惚れする動きで酒を次々と組み合わせていく。マスターもオキニス姐さん同様、広い眼といい耳を持っているのだろう。
「助けてと言われたわけでもなく、世話になったからと手を伸ばす。自分本位の傲りは、何時かその身を焼きます」
彼はそう言って、どうやら混合ポーションらしき酒を俺に出す。
……してやられた。マスター、俺の特典が魔力燃料だと看破してやがる。
とは言え嫌味と好意から作られた一杯だ。
ソレを残さず飲み干すと、俺は回答する。
「傲りで結構、俺、対人では最強と嘯いてますから」
はぁ…とマスターがため息をつくのが分かった。
「情報屋、そして腕の経つ盗賊をご都合致しましょう」
「感謝します」
「ただ、切った張ったは、彼らに望めませんが………どうします? 壁役?」
「あてはあるんだ。口が堅くて、強い奴。連れて戻る」
そう言って俺はカッカする顔を感じながら、『蛇の移動屋台』を出た。
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