第22話 男は放心、女は秘密

 全てが終わった俺は、また深夜のギルドを訪れていた。

「オキニス姐さん、金を戻したい」

 俺がそう言ってカウンターに座ると、姐さんは曖昧に微笑んだ。

「そう、一山超えた?」

「ああ。面倒は終わり、明日からはまた変わらない日々さ」

 ズシッと重たいソレを渡すが、姐さんは顔色一つ変えずソレを持ち上げる。

 幽鬼のように無表情な現金輸送の職員に手渡すと、彼女は俺に質問する。

「ねえクリストファ、それは本気で言っている?」

 嘘を認めない、そんな眼だった。

「なんだよ、オキニス姐さん。不気味なことを言うなよ」

「不気味、そう思う?」

 彼女は腕を組むと、カウンターに寝そべるようにして俺に言った。

「ねえ、クリストファ? 最近、誰かにイイことした?」

「……いいことねえ」

 思い出せ、俺。

 魔王の首チョンパ、勇者への過度の煽り、セラフィラ様を使ってアジ、『蛇の移動屋台』での乱暴。町中の馬車でのチェイス。


……してない。うん、してない。


「その顔、アレよ? またピンチが来るわ」

「……やめてくださいよ、そんな予言」

「いいえ、断言してあげる」

 彼女は何処かからか、銀貨を取り出すと、ソレを俺に押し付けた。

「横車を押されたら、助けてあげてね」

「誰を、何が、ですか……それ、依頼ってこと?」

「どっちでもいいわ」

 不思議な彼女の物言いを疑問に思いつつも、俺は銀貨を受け取った。

 不思議なことに、彼女は何でも分かっているし知っているのだ。

 

 

 俺は『妻は悪魔の化身亭』に戻った。

 副都っ子は宵っ張りという事で、少なくない冒険者が派遣されてきた酌婦と酒を酌み交わしていた。

 俺もまた、夜食を取ろうとしてオレガノのおっさんに気付いて相席することにした。

「おっさん」

「おッ、役者の生きてたか」

「まあね」

 白湯と茹でマメを注文しつつ、俺はオレガノのおっさんの隣に座った。

「ヤマは?」

「片づけた」

「お前がタマ取ったのか?」

「まあね」

 木皿に山盛りの茹で豆が出て来た。塩味の薄いソレを、俺は口に投げ入れる。

「……因果な仕事だなぁ、俺ら」

 オレガノのおっさんが言う。

「だと思う」

「魔物やらヒトやらを殺して、奪って暮らして」

「死ぬとき懺悔すりゃそれでいいさ。神父様はそう言ってる」

 俺が言うと、俺の豆を摘まみ上げながらおっさんは言う。

「俺もお前も独り身だもんな」

「おっさんは、いい歳だし、婚期逃したからだろ?」

「言うねえ。まあ、その通りだ」

 オレガノのおっさんは、吊るした剣を叩いて言った。

「ああ、我が長剣よ。君は私を守るが、あまりに無口だ」

「詩人だね。それで口を利いたら怖いけど」

 俺が言うと、大袈裟にオレガノは怖がってみせた。

「怖い怖い。役者の、お前が言うと嫌味に聞こえるぞ?」

「それは悪い」

「ああ、酒よ、友人たる酒よ! この年下の知人に不幸を授けよ!」

「やめろっちゅーに」

 俺が豆を摘まむと、オレガノのオッサンはエールを空けた。

「なあ、役者の」

「なんだい、とっつぁん」

「お前、冒険者下りるとしたら何時だ?」

 真面目な意見に、俺は天井を見上げた。

「考え———てはいる」

 依頼は達成、芝居なら幕引きの頃だ。だが俺は生きているし、死にそうもないので、これからも飯食って寝なければならないのである。

「だよな、俺はこの長剣が折れたらだ」

 俺はおっさんの剣を見た。

「老いさらばえたら、それでしまいさ」

「具体的だね」

「お前はどうだ? 小金はそこそこ溜まったんだろ」

 俺は目を閉じた。

 今の暮らしをやめたらどうなるか? 田舎に土地でも買って、地主でもするか? それとも特典を生かして、行商でもするか? それとも坊主にでもなるか?

 様々な選択肢が浮かぶものの、俺はぽつりと漏らした。

「その前に、オッサンと違って俺は死ぬな」

 明確なイメージとして、俺はその未来を見た。

 夢もない、友もない、不相応な特典を持った俺の未来は明るくない。耄碌して特典のリスクで死ぬ、あるいは体がガタ来てるのに無理して死ぬ。

「………生き急いでも、いや。厭世観をこじらせても、ろくなことはならんぞ」

「分かってる。けど、面倒な縁を結んだし………」

 冒険がツマラナイ訳ではない。心躍る時だってある。

 だが、ときどき思うのだ。おそらく俺はマトモには死ねないだろうと。

 それなりに、俺は血生臭い。

 

……魔王の最後など、俺は自分の最後もこうなのかと思ってしまっていた。

 

 力を疎まれ、排斥される。あり得る未来だ。

「酒でも飲むか?」

「やめとく、悪酔いしそうだ」

 俺はそう言うと、豆の皿を大銅貨と共にオッサンに押し付けた。

「悪いな。思い悩むなよ」

「いいよ、じゃあ、お休み」

 寝るのが一番だ。寝るのが。

 俺は椅子から離れ、自室に戻ろうとした。

 

……だが、知った声が呼び止めた。


「役者のクリストファはいるか!!」

 酒場中に響く、忘れもしない若い男の声。

 俺を言わんこっちゃないとみる、オレガノのおっさん。

 俺はため息をつきながら、振り返る。

「いますよ。セラフィラ様の兄上が、私に何の用ですか?」

 俺は再び、厄介ごとに足を突っ込込まされた。

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