第21話 シケモクに火を灯すが如き

 マルシアに死ぬほど文句を言われながら、俺達は副都へと帰還した。

 ペガサスの修繕費を約束された俺は、魔王の結晶首を手土産に、ドウナットの古城を訪ねた。ちなみに、セラフィラ様とマルシアは付いてこなかった。

 マルシアは貴族様とこれ以上縁を深めたくないと言っていたし、セラフィラ様は実家への説明をしに行くらしい。

 葦原人護衛に連れられ、俺らは月夜叉姫の待つ座敷牢へと通された。



 堅苦しい挨拶はソコソコに、魔王の結晶首を奪い取った月夜叉姫。

 彼女は梅蝶氏を交え、それを見分しだした。

「本物、かの?」

「そう思われます」

 月夜叉姫は扇を取り出し、緩くあおぎながら言った。

「見事。わが目に狂いは無かった」

「ええ、トレビシクもたまにはいい仕事をします」

 俺は「トレビシクからバレたんかい」と思いつつ、黙っていた。

「ただ、クリストファよ」

「はひ」

「間諜から面白い意見が上がってきておってな」

 絶対零度の視線で、彼女は俺に聞いた。

「馬鹿に大魔王を名乗るとか、お前は馬鹿かえ?」

「返す、言葉もございません」

 俺がそう頭を下げると、元凶マデリンが口を開く。

「姫様」

「……ギルドが付けた人材か、なんぞ?」

 月夜叉姫とマデリンの視線が混じる。

「馬鹿を煽るのって楽しくありません?」

 お前、なにいってるん?

 おい、ジャスパー。見えないからって頷くのはヤメロ、動きで分かる。

「………………………わかる」

 そして、姫様。同意すんな。

「魔王は死んだ、勇者は政治的価値が駄々落ち、どう?」

「梅蝶」

「そこな女中の一言は、一考に値すると」

 姫様は黙る。それから、彼女はジャスパーを見た。

「お前はどうだ?」

「ジャスパーは騎士、秘密は守るの」

 ふーむと、姫様。それから彼女は俺を見た。

「………まあ、お前が目的を達成したのも事実か」

「ありがとうございます!」

 俺が頭を下げると、彼女は扇を閉じて俺の頭を叩いた。

「思い上がるなよ? 乗ってやるだけよ。ワーズワースの娘とも話さねばならんし、肝要なのは当主が許すか、否か」

「功績と失態で賞罰なしで話を持っていかれるのはどうでしょう?」

「そうだな、小僧の暴走込みで恩着せがましく言ってやるか」

 そこまで言うと、彼女は手を叩く。

「よかろう。クリストファ、お前は依頼を達成した」

「ありがとうございます」

 俺が頭を下げると、梅蝶氏が何故か二つに分けた報酬を持ってきた。

「姫様、話がわかる」

 そう言ってそそくさと(おい、どこに仕舞った?)マデリンは報酬の片割れを仕舞う。

 呆けた俺を再び姫様は叩いてから言う。

「ほら、お前も受け取れ」

「アッハイ」

 俺もまた、ずっしりと重い報酬を受け取るのだった。



 ドウナット地区から辻馬車を借りた。

 ブルーク氏の元へ、ジャスパーを戻すためである。

 戻されるのを知ったジャスパーは、呪詛の言葉を吐いていた。

「推しを推せたのは後悔してないの。けど、借金で動けないのが悔しいの」

 もう男が「娼館にドハマリしました!!」的な発言なのに、何故か知らんがマデリンは同情的でジャスパーを慰めている。

「気持ちは分かる。私も夢がなければジャスパーになっていたかもしれない」

「マデリン」

「装備が高いのと、金払いが悪いのが悪いと思う」

 おめーら、俺の方へと視線を向けるな。

 ジャスパーは目ん玉が飛び出るどころか、泣いて土下座したくなるほど高いんだぞ。

 とは言え、俺は黙っているのも悪いかと二人に言った。

「色々あったが、二人で良かった。助かった、ありがとう」

 俺がそう言うと、マデリンがまず言った。

「そう、良かった。オキニス姐さんに面目経つ」

「……ジャスパーも、魔王退治は騎士の誉。それに」

 ジャスパーは腰に差した剣を差す。

「良かったの? 魔王を殺した剣をジャスパーにくれて」

 ジャイアントキリングで剣そのものの格が上がった、魔王殺しの一品。

 それを俺はジャスパーに渡していた。

「ああ、いい。装備代も貰ってくれ。いつか買い戻せるといいな、そう思ってる」

 俺がそう言うと、ジャスパーは顔をそらしながら礼を言った。

「ありが、とう」

「どういたしまして」

 気づけばブルーク氏の商館だ。俺らは、やや軽くなった空気のまま、馬車から下りた。



 ジャスパーの返却が終わり、俺はブルーク氏に呼び止められた。

 ちなみにマデリンは「姉さまの依頼も完了。ちょっと気になることあるから帰る」と言って帰っていた。気にかかったが、俺はブルーク氏を優先した。

「あの娘は、力になったかね?」

 商談室に通され、俺は茶をご馳走になっていた。

「ええ、そうですね。助かりました」

 俺がそう言うと、ブルーク氏はにやりと笑う。

「まだ、君は腹芸が足らないな」

「……どういうことです?」

 俺が言うと、彼は笑いながら言った。

「不思議に思わなかったのか? 徒花の騎士を呼んで、私が用意したのが」

「え……? あー…、そういうことですか」

 言われて俺は納得した。

 ブルーク氏が何故あの場にいたのか。そして何故ジャスパーだったのか。

 くつくつと彼は笑いながら俺に言う。

「君は正しくコネを使っていた。徒花の騎士とは、ジャスパーみたいなやつらの事でもあるんだよ」

「……あー、女好きの有名冒険者が偶に借金奴隷になるのも」

「そうだ、徒花の騎士の範疇だ」

 俺は納得しつつも、ふと思った。

「でも、何で教えてくれるんです?」

 俺が言うと、ブルーク氏は憎めない顔をして言った。

「君に期待してるからだよ」

 何とも言えない気恥ずかしさを俺は覚えた。

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