第20話 道化と愚者と勇気


 激しい頭痛と、勇者を演技で再現したことで酷使された肉体の感覚が戻って来た。

 俺は構えを解くと、魔王の首を見下ろした。

「………何故、俺は不当に虐げられた、俺と同じ魔物たちの」

 そう呟いてから、魔王は死んだ。

 やはり元は人でも魔物だからだろう。その頭部が結晶化していく。部位を切り落としたりすると、その濃厚な魔力で遺骸が結晶化するのは魔物の特徴だ。

「アンタは正しい。でも、人の欲のせいだ。許してくれよ」

 俺が葦原風に手を合わせると、マデリン、ジャスパーが駆け寄ってくる。

「流石」

「すごいの、ご主人様」

 俺は魔王の首を持参した布で包むことにする。

 グロいが、己のやったことだ。

 何時になっても殺しは好かん——と俺が思っていると、セラフィラ様が驚愕の表情で俺を見ていた。

 彼女は震える声で、俺に問うた。

「………この結果を願ったのは、私ですわ。ですが」

 彼女は言いかけては黙り、諮詢して、やっと言った。

「クリストファ、あなた……それほどの力を持って、何が望みですの?」

 俺は彼女が何を言っているんだと、本気で思った。

「望み? 望み……」

 いや、これだけの力って。対人最強を嘯けるだけで、使い道ウルトラ無意味ですが?

 劇作家や役者になりゃいいかもしれないけど、アイツら薄給よ?

 と、俺が固まったのを見て、マデリンが小突く。

「ぼさっとしない。移動しないと、迎えの時間に遅れる」

 俺らは、そうして撤収と、バルコニーへと移動を始めた。



 先行マデリン、次いで俺、その後にジャスパー、そしてセラフィラ様の順だ。

 見れば、最大速でペガサスが近づいてきている。

「無事終わったの」

 ジャスパーが気だるげに言う。

「意外と手間取った。クリストファは事前詠唱しとくべきだった」

 ソレに返事を返したマデリンが俺に文句をつける。

「馬鹿言え、アレでもギリギリだぞ。継続時間と射程を外したら出来なかったわ」

「嘘、くっちゃべってるからそうなった」

「ジャスパーも同意」

 そうして俺らが、迎えを待っている時だ。

 下から物音がする。

「……クリストファ、足音」

「マジか! 討ち取られたのが分かったからかよ?!」

「違う、これは——」

 バンと扉が破られる。

 そして、甲高い男の声が聞こえた。

「悪逆非道の魔王め! 今日こそが……あれ?」

 馬鹿なことを言う、その声に俺は聞き覚えがあった。

「あの男、知ってる」

「勇者様を?」

 ジャスパーが言い、マデリンが俺を見る。ジト目で。

「やはり、女子会は失敗だったかも」

 そうマデリンが言うが、俺としては大パニックだ。

「ちょっとちょっと! これ、どうするんだよ!」

 勇者が仕事を放棄したから、俺らが倒したのだ。

 ソレなのに、今になって? 俺が頭を抱えると、セラフィラ様が言う。

「クリストファ、魔王の首を」

 俺は彼女を見た。

「何言ってるんですか、セラフィラ様?」

「今なら馬鹿を言いくるめることが出来ます」

 セラフィラ様はそう言うが、俺はうすら寒いものを覚えていた。

 割って入ったのはジャスパーであった。

「セラフィラ様、本気なの?」

「ええ、誤魔化すにはこれしか……クリストファ、魔王の首を」

 そう言うが、こちらとして無理な話だ。

 証拠品を手渡せば、月夜叉姫から何言われるか分かったもんじゃない。

 関係が険悪になる中、口を開いたのはマデリンである。

「私に考えがある」

「ロクなアイディアじゃない気が……」

 俺が口答えすると、彼女は俺の口にマジックポーションを突っ込みやがった。

 眼やら鼻やら気道やらにポーションが入って咽る俺を他所に、彼女は言う。

「演技しよう」



……これは、後々セラフィラ様から聞いた話である。

 

 客観的に、俺らはこう見えていたようだ。

 踏み込んだ勇者(笑)一行は、魔王の不在を疑問に思った。

「何処だ魔王!」 

 勇ましく勇者(笑)は吠えるが、悪の親玉である魔王は返事をしない。

「見て、勇者様!」

 キャアと勇者ガールズ(注、俺の本意ではない)が悲鳴を上げる。

 無理もない、そこにあったのは魔王の——首無し死体である。

「な、なんだって!? どういうことだよ!!」

 動揺する勇者(笑)。

 そこに、高笑いが響き渡る。

「フハハハハハハハハハハ、遅いぞ! 勇者よ!」

「誰だ!!」

 勇者(笑)が見上げると、そこにいたのは———フード姿の怪人(変装した俺)である。

 怪人は高らかに叫ぶ。

「我は魔王———否、魔王を超えし大☆魔王だ!!」

 ここで笑いを堪えたジャスパーが出てくる。

 リアリティーを出すため、あと馬鹿な勇者(笑)を引っ掛けるため、姫鎧の下は脱いで体のラインを露骨に出した彼女が棒読みで言う。

「たすけてなの、ユウシャザマァ」

 これには、勇気の人である、勇者(笑)怒り心頭である。

「なに?! 大魔王だか知らんが、何をした!」

 ここで、更に仕込みのセラフィラ様がこれまた半裸で出てくる。


………弁明するが、半裸指示は俺でなくマデリン案である。


「んなぁ?! セラフィラ?!」

「勇者様、逃げてくださいまし!」

 貴族だけあって迫真の演技だ。

 セラフィラ様はノリノリでアドリブを言う。

「抜け駆けして魔王を倒そうとしましたが、この大魔王に捕らえられたのです!」


……辛くなってきたが、この間も俺の特典『世界演出劇場』は起動しっぱなしである。


 道理も整合性もない、ノリ100%にも関わらず、勇者(笑)一行には刺さった。

 そう、刺さってしまったのだ。バッカジャネーノ。

「フハハハハハ! 勇者よ! 貴様は一足遅かった愚か者として名を残すのだ!」

 そう捨て台詞(マデリンの肩チョンを合図に)吐いた俺らは、マデリンのメイド技能『出来る女中は清掃を見せない』で隠蔽を行う。

 そして、そのままマルシアのペガサスへと帰還。

 当然残された馬鹿は叫んだ。

「待て! 大魔王おおおおおおおおおおお!」

 

……勇者って、馬鹿じゃない?

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