第19話 縛られた役
……魔王城。
物語の佳境にして、ヤマ場。
世界の推移を決定付ける一戦が行われる場——だが、俺にはどうでもいい。俺の夢は終わった。幼少期と冒険者以降の二度見た夢は、もう俺の胸には無い。
今は依頼を遂行する冒険者として臨もう。
鎧を着こみ、剣を二本差しした俺は皆に問う。
「準備は?」
俺の問いに3名が即答する。
「問題ない」
「問題ないの」
訂正、一人返事してない。
「セラフィラ様?」
「だだだだだ大丈夫って! これで言いますの?」
俺はしばし考え、無視することにした。
「じゃ、行くぞ。マデリン! 船体振ってくれ!」
縄梯子を掴んだ俺が伝声管に叫ぶと、マデリンの半ギレコメントが返って来た。
「いいか! 時間厳守だぞ! 遅れたら知らんぞ! 帰りに落としても、全力で離れるからな!」
「わかってるわ!」
怒鳴り返して、伝声管から離れる。
「じゃ、ご安全に!」
言いだしっぺの法則で、俺は縄梯子を掴んでペガサスから飛び降りる。
自由落下でビビるが、まだ大丈夫。
ガツンと衝撃があって、縄が伸びきる。見れば二人、ジャスパーはセラフィラ様を抱えてだが、同じように落ちていた。
ペガサスが旋回を始め俺たちは遠心力で浮く……ドンピシャの位置で、魔王城の主城のバルコニーが目に入る。
飛べる魔物が攻撃を加えてきていたが、ペガサスには届かなかった。
俺らは転がり込むように、バルコニーへと飛び移る。
「あ…ヤベ……」
だが、勢い余った俺。
「馬鹿!」
「ご主人様!」
「クリストファ!」
皆が叫んで、ジャスパーとマデリンは手を伸ばす。
けれども俺はそれすらすっぽ抜け、窓ガラスを破壊する。
ガラスの破片をぶちまけつつ、魔物の王を自称する癖に、人間みたいな文化的な生活しているなと俺は思った。
そしてそのまま俺は床を転がり、着地。
「何ッ? どうしてここへ!」
俺は魔王を視認する。
………葦原系、だな。黒髪黒目に、低い鼻。ローブの印象がなくても魔法使い風だ。
俺は返事を返さず、剣を抜く。
「勇者? それにしては早すぎる!」
これから殺されるのに、口数が多い魔王だ。
俺は躊躇なく斬りかかった。
「会話する気もないのか!」
ある訳ねェよ、馬鹿野郎。
「フヌッ!」
どうやら魔王、近接戦も出来るらしい。
純魔法使いと思っていたが、魔王は危なげなく防ぐ。
「こんなことが許されると……!」
魔力を感じて俺は引く。
しかし流石魔王、追尾する魔力弾を生み出していた。
俺に直撃コースのソレは、俺と魔王の間に滑り込んだジャスパーが大楯で防いだ。
「女騎士?」
「キモイの」
ジャスパーは辛辣な言葉を吐きつつ、背負ったウォーハンマーを抜く。
「何だ、なんなんだ!?」
魔王は混乱している、らしい。
しかし特典が優秀なのだろう、何らかの魔力壁と浮遊する魔法陣が展開される。
「うぉっと!?」
それを掻い潜って、マデリンがお玉の一撃を見舞う。が、防がれた。
マデリンは舌打ちしながら連続した魔力弾を回避しつつ戻ってくる。
「固い、あと臭い」
「メイドォ!?」
魔王は混乱している。だが、奴はセラフィラ様を見つけ落ち着いたのか叫んだ。
「無謀も良いところだな! 不和で抜けた勇者パーティの負けヒロインが、一人健気に抜け駆けか!」
「ぶっ殺しますわよ」
青筋浮かべたセラフィラ様が、火魔法をブッパする。
予想通り、魔法系の魔王らしい奴は難なく魔法を防ぐと言った。
「俺は魔導の魔王だ! 魔法は特典【魔法無効】で効かない! そして!」
即座にジャスパーが盾を構え、マデリンはセラフィラ様を引っぱり魔王の予想される射線から飛ぶ。
俺もまた、ジャスパーの盾の影へと潜り込む。
「【筋力王】を備えた俺の体は無敵だ!」
大楯越しにもわかる程の、途轍もない衝撃が走る。
信じられないことだが、杖を投擲して、これらしい。
ジャスパーは顔色を変えなかったが、目を細める。
……見れば、彼女、腕からの出血があった。
魔王と会話する気はしねえが、俺は叫ぶ。
「セラフィラ様! ジャスパーに回復!」
ビビリだが、それなりに戦闘経験あるセラフィラ様が回復魔法を唱え始める。
その時間を稼ぐために、俺はマデリンに視線を送る。
「承知」
マデリンが飛び———何故かスカートの中は見えないが———、彼女は空中で様々な家事道具を取り出し射出する。
「無駄だァ!」
手元に杖を引き寄せながら、魔王の障壁が家事道具を防ぐ。
次々と家庭用品と障壁が炸裂しあう中、俺は連弩を取り出す。
「クリストファ!」
ぴたり18種。道具を投擲しきったタイミングでマデリンが声を上げ、俺は返事の代わりに引き金を引く。
ボルトは飛翔し、障壁の隙間を縫って魔王の頭部に当たる。
「鬱陶しい?」
……予想していたが、魔王となった人間は戦闘職ではなかったのだろう。
複数人から攻撃され、顔を背けると言う大失態を奴はやった。あまつさえ、奴は回復魔法の阻止もせず、そしてジャスパーの接近を許していた。
「御返しなの」
振り抜かれたウォーハンマーは魔王を捕らえ、吹き飛ばした。
俺は手短に皆に言う。
「………しくじったが、事前の打合せ通り仕留める」
「わかった」
「承知なの」
「決めてくださいまし」
皆の視線を受けつつ、俺は懐からマジックポーションを3本取り出し、思い切り呷った。
……普通なら魔力酔いする分量を飲み下しながら、俺は呪文を読み上げる。
「【我は我にあらず、我はこそは大衆大願の鏡。舞台はここに、観客は一人】」
省略展開でも魔力をドカ食い。
呪文が一節増えるだけで魔力が指数関数的に跳ね上がる己の特典を俺は起動する。
唯一、この中で全呪文を知っているマデリンが叫ぶ。
「ジャスパー、セラフィラ嬢! あと15秒、持たせる!」
お玉を手にマデリンは魔王と肉弾戦を繰り広げる。
「ちまちまと! ウザい! 効かん!」
特典の筋力に頼った攻撃を魔王は繰り返す。
が、損傷を度外視したジャスパーの防御で阻まれる。
「糞が! 邪魔をするな! 腐れ女ども! 後でわからせてやる!」
埒が明かぬと判断して、魔王は範囲魔法で薙ぎ払う。
けれどセラフィラ様によるバフの連打と回復連打で前衛二人は生存する。
大金星の補佐をやりながら、セラフィラ様が叫んだ。
「下劣、それがお前の本性でしょう!」
魔王の顔が歪む。
「【泡沫の全ては筋書き通り。演ずる今こそが真】」
ポーション分の魔力は、既に薪として消費された。
俺の呪文の長さに気付いたのか、それとも直観からか魔王が吠える。
「何をしようとしてる!?」
完全な上演が叶う事に気が付いた俺の特典が全ての枷を引きちぎり、俺の内世界を食い破り、外界へと顕現しようとする。
「【芝居よ、生きよ! 幕よ上がれ! 世界演出劇場!】」
宣誓のとたん、体の感覚が喪失した。
俺の意識は俺の肉体から特典の手によって切り離される。
………俺は俺の体を背後から見ながら、俺の体に台詞を読ませ、魔王へと向き直る。
「『芝居』を始めよう、魔王」
「威勢だけいい、コケ脅しの特典だろう?!」
魔王の言葉は正鵠を射ている。
……嗚呼、そうだとも。芝居は人間の娯楽。ルールを理解しているからこそ成立する。
神ならぬ身で使うには、おかしな特典だ。
世界を演出? 周囲を芝居化? 俺が始めて「この特典」を授かった時、俺は魔王と同じようにコケ脅しだと思った。
「そう、コケ脅しだ。けどな、芝居を見る観客はソレを真実だと思うんだ」
言わないが、俺は魔王に同情していた。
俺と同じく望まない役割を押し付けられた被害者として。ただ絶対に口にしないが。
「何が言いたい?」
俺に得体の知れなさを思った魔王は警戒する。
けどな、全て遅いんだ。
「この世は芝居。神は演出家で、観客は周囲の皆様方」
突拍子もない発言だろうと、俺は思う。
「お約束が守れるならば、舞台の上のことはすべて真実。そして今、この一幕でお前は『魔王』。俺は敵対者」
余分なことは言わない方がいい。
だが哀れな馬鹿に引導を渡す為、俺は珍しく饒舌になっていた。
「俺は『勇者』を演じようと思う」
「何を言う? 何を言っている!!」
俺は幕引きの言葉を台詞にした。
「【演出実行:化身/勇者】【演技実行:勧善懲悪】」
俺の意思で、俺の体が俺の知らない構えを取る。
……役を憑依させるより完全に、己の意思の動きより洗練され、そして望む通りの演出で俺は魔王に剣を向けた。
「悪い魔王。死んでくれ」
この場限りの『勇者』となった俺は、魔王の首を刈った。
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