第18話 決行前夜

 魔王暗殺の実行日の前日である。

 無理しての出発が祟り、俺らは食料と水を求め寄港を余儀なくされた。

 そうして、デッキから下りる際にマルシアが俺に忠告する。

「………いいか! 絶対トラブル起こすなよ! 特にクリストファ?」

 カリカリしたマデリンがそう言うと、なだめるようにマデリンが言う。

「怒らない。マルシアはメンテする。私も手伝う」

 俺は意外な申し出に驚いた。

「意外そうな顔、何故?」

「そりゃお前が買い出しに出ないからだよ」

 俺がそう言うと、マデリンはフンスと鼻息を出しつつ言った。

「出来るメイドはこの際に、ペガサスの操船を学習する」

「……何処目指してんの?」

「メイドの頂」

 俺が呆れて何も言えないでいると、セラフィラ様が急かした。

「早くいきましょう」

 俺はセラフィラ様と、その護衛のジャスパーの方を見る。

 夜逃げ同然で副都を出ることになった彼女は、着替えすら困っている状況である。

 急ぐ気持ちもわからなくない。

「……じゃ、頼んだ」

 俺はそう言うと、魔王領前の街へと向かうことにした。



 ひなびた街だからか、仕立て屋はあっても、吊るしの服を売る店はなかった。

 やむなく俺らは貸衣装と中古服の店へと移動した。

 貴族的に「こんなもの着れませんわよ!」とセラフィラ様から言われないかと俺はびくびくしていたのだが、彼女は文句ひとつ言うことなく、中古服を試着していた。

 ジャスパーは軽装(と言っても皮鎧姿だが)で、セラフィラ様の傍に控えている。

 俺は別行動したかったのだが、セラフィラ様の——何が起きるか分からないと言う杞憂のせいで、拘束されていた。

 待たされているからか、ジャスパーから俺へと質問があった。

「ご主人様は、なにか推してる?」

「推し?」

「そう」

 俺はしばらく考えた。推し、推しねえ……

「ジャスパー的にはちょっと違うかもしれないけど、ガキの頃は著名な冒険者とか騎士様を推してた気がする」

 憧れって奴だ、うん。勇者様もだ。今は大嫌いだけど。

 そう言ったものの俺は完全に忘れていた。


……ジャスパーが重篤な推し活女子だという事を。


 キラリと歯か目が光ったかと思うと、彼女、めちゃくちゃ早口でまくし立てた。

「そう、ソレなの! 推しを推すとき、と言うか推すって気持ちは誰もが持つものなの。「好き」と言う感情や「憧れ」、そんな気持ちのはずなのに、口のない人はソレを言うと「具体的に何?」とか、空気読めないことを言うの。そんなこと見ればわかることなの、分からないって? カッコイイとか、スキだな、ってところから始まって、知りたいと思うのは変なことなの? 知れば知る程理解が深まって嬉しくならない? 「全部」知りたいの。でもね、よくしたり顔で「表面しか見ない、薄っぺらい、無意味」とかいうけど、ソレは違うの。だって誰もが外側を持ってるでしょ? それが素晴らしくて好きになることは悪いことなの? でもって内側、そう外側に透けて見える、その人の内側とかを考えて、察してやっぱ好きになるって変かなぁ? だって、私たちは「推し」も人間だってわかってるし気づいているもの。それを、気持ち悪いだの——」

 何故か背後から、セラフィラ様の声で「わかりますわ!」とか聞こえたが、俺は半分意識が吹っ飛んだ。

 と言うか、熱量に圧倒された。


………気づけば、時間が経っていた。


 俺らはその後衣類を仕入れ、買い出しをし、ペガサスに戻った。

 だが、何がどうなったか分からないが、女性同士で「推し」を深め「イケメン」を学ぶと言うことになっていたのである。

 なお会場は、ペガサス。

「ちょっと、俺の居場所は?」

 俺が苦言を示すと、全員からブッ叩かれた。

「クリストファは勝手にして、コレは乙女にとって重要なことだから」

「だな、お前いると有害だ。今回は」

「そうですわね、お声は素晴らしいですが、今回は邪魔ですわ。邪魔」

「ジャスパーも同意。ご主人様は推し活の良さを学べてないと思うの」

 トラブル起こすから俺の単独行動禁止、だった筈。

 だと言うのに、何故俺はこんなにも言葉の暴力を浴びせられ、外へ行けと言われているのだろうか?

「分かった」

 涙が出そうだが我慢して、俺は再び街へと戻った。



 酒場に入るかとも思ったが、俺は酒臭さを咎められることを恐れた。

 なので適当なティー・スタンドに俺は入ることにした。

 

……ティー・スタンドであるので、もちろん店主は茶狂い民族グラヌ人である。


 俺は、注意して注文した。

「茶、蒸留酒抜き。柑橘アリで」

 店主は蒸留酒抜きで、眉をひそめた。だが、柑橘アリで元に戻した。

 

……グラヌ人は、茶と酒に煩い。


 蛮族として大鍋で茶ッ葉を煮込んでいた頃から、妙な文化があったとも言う。

 なので茶の蒸留酒抜きは、馬鹿の飲み物であるが(ストレートティーは女子供の飲み物だと彼らは本気で信じている)、柑橘アリだとセーフになると俺は学習していた。

 無言のまま出て来た茶のジョッキを取る。

 すると、俺は無性に疲れが出て来た。

「どうして、こうなった?」

 人選が不味かったのか? それとも推しが不味ったか?

 いやいや運気が落ちていたからだろうと、俺は思い直す。そもそも月夜叉姫の無茶ぶりが発端だしな……あ、いや勇者様のポカが原因か。

「……めんどくさい」

 思わず本音が出たのも止む無しだ。

 いくら特典が強力だろうと、乗っけているのは俺である。

 超人・英雄ならいざ知らず、凡人の精神しか持たない俺としては、なんだか色々面倒になって来た。夢の残滓を今更見ているような気持ちもあって、全てに白けてきたとも言える。

 いっそ逃げちまいたいなと、俺が思った所である。

「わかる! 悩むよな!」

 俺は、唐突に絡まれた。

「え? あ、そうっすね」

 返事を返しつつも、俺は声の主を見た。

 若い——御仁だ。

 驚くほど容姿端麗な外見をしており、長身ながら細さとは無縁の体つきである。俺が戸惑ったのは、奴が妙な声で男か女か一瞬分からなかったからである。

 しかし筋肉の付き方から恐らく男であろうと、俺は予想した。

「兄さんも悩みがあるんだろ? ここは無礼講だ!」

 そう言って、彼はジョッキを空けた。

 匂いからして茶入り蒸留酒であろう。下戸の俺としてはにおいだけでもきついのだが、顔に出ぬよう注意する。

 どうやら、この御仁。既に酩酊しているらしい。

「俺も仲間の関係の取り持ちが、つらくて、面倒で」

 タイムリーすぎる。

「……」

 だが俺は返事を返せなかった。

 口は禍の元である。だからこそ俺は黙っていた。

「皆で仲良くしたいんだけど、個々は個別で特別にしてほしい! って言ってくるんだよ。俺がイケメンだからってさー」

「大変ですね」

「そう大変! 俺の御役目も大変なんだけど! 仲間の方が困っちゃうね! 俺は進みたいんだけど、止めるし! あと一歩なんだって」

「止める?」

 俺が質問すると、酔った頭でも不味いことを口走った自覚があるのか、男は紛らわす。

「なんでもないんだ、なんでもよ! けど仲間はほんと難しい」

「……そうっすね」

「テンション低いぞ! 俺みたいに狙ってた女に逃げられたか?」

 そう言ってバンバン叩いてくる、男。

「ちゃいますけど」

「なら、ドンと構えてろ! 俺もそろそろデカいことやるんだ!」

 デカいことねえ。

 具体性のカケラも感じられないのだが、俺も理解は出来た。

 いいよな、夢。なんなら野望とか目的でもいい。見続けるのは難しいけど。

「頑張って下さい」

 そう言いつつも、俺は男が俺を逃さないだろうと何となくアタリを付けていた。

「おうおう、俺の成り上がりロードはここからだ!」 


……予想通り、自慢を聞いて欲しいかまってちゃんのせいで、俺は帰るのが遅れた。


 そして親睦を深めた女性陣から散々文句を言われた。



 決行直前の夜である。

 恐れ多くも皇帝陛下より下賜されたペガサスは、領空侵犯やら関税とは無縁である。よって手続きさえ出来るのならば、何処でも係留しても罰せられなかった。

「………少額の寄進で済んだと言え、これはいいのか?」

 寂れた教会の鐘楼に繋がれたペガサスを見上げながら俺は思わず口にしていた。

「天馬の係留。天使が腰かけるからと椅子を屋根にぶん投げることもあるからヘーキ」

 返事を返すのはマデリンである。

 体を休めるためと、この教会に宿を求めた俺たちであったが、操舵のマルシアは万一の盗難を恐れて宿泊を拒否。ジャスパーも奴隷の身だからとパスした。

 結果、ペガサスから降りたのは俺、マデリン、セラフィラ様である。

 なお今ここにいないセラフィラ様だが、上流階級出身だけあって聖堂で熱心に祈っていると思われる。負けヒロインの神頼みである。

「流石の教養。それもメイドの?」

「そう」

 しかし教養だけでちっとも信仰心がないらしい彼女は俺と共に、教会の中庭にいた。

 なぜ中庭かと言うと、教会らしく男女の宿坊が別であるためである。

「しかし、マデリンもジャスパーもだが魔王殺しに日和ってないんだな」

「そう見えるかもしれない」

 マデリンは俺を見た。

「実際は、クリストファへの興味があったから」

 俺はビックリした。

「俺?」

「そう、魔王へ挑むなんて馬鹿なことはしない。それは勇者の役」

 マデリンの言う通りである。

 世界の異物を排斥するのは、異世界の異物。そんなことは俺も理解している。この世界に普通の現地人として生まれのだから、勇者を名乗ることは出来ない。

「しかも不思議なのは、夢とか野望なくやれるところ」

「……俺がやることになった理由を知ってるでしょ、あーた」

 俺が言うと、マデリンは首を振る。

「分かってる。でも不思議、普通の人は考えない。でもクリストファはそれをする」

「俺の不思議ちゃんぷりはオキニス姐さんにでも教えて貰ってくれ」

 俺が誤魔化すと、彼女は言う。

「姉さまは言わなかった。そして本音言ってないでしょ?」

「…………あー、くそ」

 小恥ずかしさと、言いにくさで悪態をつきつつ、マデリンに言う。

「俺、夢がないんだ。流されて流されて今だ。死にたくないからやってるのが本音だ」

「夢がない?」

 意外そうにマデリンが俺をじっと見た。

「悪いか? 生きてるだけでいいじゃないか…そう死なずに飯を食って……」

 俺はそう口にしつつも、自分でも阿呆なことを口にしていると感じていた。


……生きているだけでいい? お前は誰にもソレを口にするのか?


 野垂れ死ぬか、農村で老いぼれるまで閉じ込められるだけだった、俺。

 根無し草として暮らせるのも経験や自力というより、天から授かった特典があってのことだろうに。

 そう思い出し、俺が沈黙するとマデリンが言った。

「夢は、苦しい」

「意外だな」

「最後は自己に帰結することだから」

 マデリンは俺を見る。

「……ああ認めるよ、やり返したいとか見返したいって気持ちもあった」

「それが魔王殺し?」

「んにゃ……俺はデカくなりたかったんだと思う」

 何もなく、ただ何者かに成りたいだけの空っぽな夢。それの後始末を俺はしたかったのかもしれない。

「ひねくれてる」

「分かっているよ……じゃあ、また明日」

 俺がそういうと、ふと彼女は俺に質問した。

「クリストファ、囚われのお姫様を助けるタイプ?」

「多分な。知り合いのほうが本腰になると思うけど」

 俺は振り返らない。

 明日、俺は魔王を倒す。今考えるのは、それだけでいい。

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