第16話 扇動した愚か者は天に昇る
貴族の命令とは言え、夕方から仕事とかご苦労様です。
わらわら湧いた敵を天国の絨毯の二階から見ながら、俺はそんなことを思った。
一方、俺の要望で
「こんなことするだなんて! 信じられません!」
と熱い罵倒をぶつけて来たセラフィラ様だったが、今は静かな物だ。
あ、いや、訂正。羞恥心で真っ赤だ。
「やりますよ」
「……もしもの時は、命で償って下さいまし」
そう言われ、俺は背筋に寒いものを感じながらも、セラフィラ様を伴ってバルコニーへと出た。
光魔法の光球が打ちあがる中、兵たちに動揺が走ったのが分かる。
……そりゃ当然だろう。必死で追いかけて来た目的の人物が、濡れ透け半裸なのだから。
どよめきがここまで聞こえる中、俺は特典を全開にして口を開いた。
「聞けえ! 有志の諸君!」
なお、俺は申し訳程度に目出し帽姿である。
「君らは、ここにおわすセラフィラ嬢を救いに来たのだと聞いているが、それは真か!?」
再びざわめきが起きる。
どうやら読みは当たりらしい。セラフィラ様をぶっ殺せという事で大兵力を送り込んだだけで、末端までその目的は共有されていなかったようだ。
殺せと言われてやって来たのに、俺に「救え!」と言われた彼らはどうなったか?
混乱、困惑の大波である。
危機感を覚えた指揮官らしき輩が大声を上げるのは当然であった。
「否、我らは違う!」
「ではなんだ! 彼女を殺すと言うのか? であれば身柄を抑えている私がこの場で殺そうか!」
ひう、とセラフィラ様が悲鳴を上げるが、俺は無視して続ける。
「私は、セラフィラ様の体に聞かせて、真実を知った!」
「黙れ! 貴様ら早く動かんか!」
そう司令官は言うが、部下はまごつく。
そりゃそうだ、人間は誰だって悪者になりたくない。
その思考の癖をついて、特典を全開にしているのだ。降ろした役が扇動者という事もあり、俺の言葉は魔法的な防御をしない限り、刺さって抜けない筈だ。
「何故、彼女が狙われたか? ソレは!」
とは言え、アドリブもキツイ。
でも勢いを止められず、俺は勇者ごめんと思いながら声を張り上げた。
「勇者様が、セラフィラ様の進言を聞き入られなかった負けヒロインだからだ!」
セラフィラ様が「何を言ってるんです!」と鬼気迫る顔で俺を見ているが、俺も止められない。
「ここにいる諸君らは、勇者さまに同行した家々に連なるものだと聞く!」
再びの、どよめき。
「お家の為と働く忠義は見事! だが、責を向けるは本当にセラフィラ様か? 彼女は悪女であるそうだが、こうして勇者さまの元から離れられておる!」
俺は自分でも言っていることがめちゃくちゃだと理解している。
だから、俺は『蛇の移動屋台』時同様、いけにえを一人選んだ。
「そこな、諸君!」
「え? え?」
芸術的な押し付け合いがあり、一人の男が出て来た。
俺は奴に尋ねる。
「聞こう! セラフィラ様の命が失われて何の益がある?」
「あ、いやないです。けど命令」
「たわけ! 命令が如何した! 今はそのことを問うてはない!」
男はまごつく、だが俺は再度彼に問うた。
「勇者様はご立派だ、だが彼は神か?」
「ちち違います」
「また聞こう、人は誤らぬ完全な存在か?」
「ち違います」
このやり取りにしびれを切らしたらしき指揮官が吠える。
「詭弁を弄するな! さっさとセラフィラ様を手放せ!」
「黙れ! お前の命令の軽々しさが、こうして皆を惑わせるのだ! 皆は、そうだと思わぬか? 本来なら夕餉を取ったり、家族と語らったり、思索にふける時間を潰したのは誰だ!」
そうアジってやると、流石に指揮官もマズさを感じたらしく黙った。
俺は三度、いけにえ君に言う。
「すまぬ! だが最後の問いだ。人はいかなる時でも小言を受け入れられるか」
「受け入れら、られません!」
そう彼が言い切ったところで、俺は重々しく頷くポーズを取った。
「今、彼は真理を言った! 勇者さまとて人の子である、お疲れになられれば、セラフィラ様の小言を疎んじよう! よって勇者さまを思って、そのお元から去られたセラフィラ様が、さも悪女! 殺せ! と言う諸君の家からの命令は正しいモノか?」
『天国の絨毯』が振動しているのがわかる。
どうやらペガサスの起動に成功したらしい。手筈通りなら、あと少しだ。
俺は見上げる敵たちを見まわしながら話を締めることにした。
「諸君らが、真に悪なるはセラフィラ様だと言うのなら、この私とてセラフィラ様を君らに引き渡すのもやぶさかではない!」
え、正気? と言う感じで無言のセラフィラ様は俺の足を踏み続ける。
その痛みに耐えながら、副次的な涙声で俺は吠えた。
「だが、私はセラフィラ様から聞いた! 己を疎んだのは勇者さまであると! よって……私はここに諸君らと約束しよう!」
轟音と突風が響き渡る。
天馬の名を冠された、飛行船が浮き上がったからだ。
皇帝陛下の勅令を受けた馬借にしか保有を許されないソレが、副都の夕闇の空へと上がっていく。
……ペガサスは、古い飛行艇である。
この古い飛行艇の運用の歴史をたどれば大半島を再統一した初代皇帝【開闢帝】のわがままに端を発する。
今も昔も、飛ぶ技術と言うのは秘伝である。
飛べる魔法は魔法使いの口伝・奥伝だし、飛ばす技術と言うものも国家が厳正に管理している。
今でこそ少なくなったが、多数の龍が現存していた当時は空に何かを飛ばす行為そのものが自殺行為の馬鹿なこととされていた。
―――空は神の庭であり、龍の巣である。
ロマンを求めて、そこへ挑んだ転移者・転生者は多くいた。
だが、そもそも重化学工業が発達していない当時は不可能で、出来ても気球くらいであった。魔法的なアプローチで飛行機を作る試みは多く試されたが、希少素材を山ほど使ったソレらは――貴族の道楽の産物でしかなかった。
一方、ペガサスは―――妥協の産物である。
浮力は天然ガスのヘリウムから、筐体は魔法的な保護こそすれ、推進機として魔導の用品は採用せず、酒食いだが(エタノール系の内燃機関を採用故だ)、トータルでは気象素材の塊より安い。
ある意味工芸品であった、この飛行艇。
不倫旅行の足や猟色のためのハイエースとして、開闢帝はお気に召した。
エロ皇帝の彼は当時の大半島で大手だった馬借達に勅命で貸し付けると、何時でも何処でも使えるようにした。
……今となっては骨董品であるが、それでも皇帝陛下が座上しただけある。
半端な魔法は受け付けず、民間に下賜されて数世紀経とうとも、その防御力は未だに一級品であった。
「私は勇者様に、その真意を問う! そしてすべての真実が分かった上で諸君らと再びまみえたい!」
ここまでくれば、敵の指揮官とて全てを察しただろうが……アジられ、特典を浴び続けた兵は動かない。
俺は大規模かつ無差別の特典展開で、魔力が枯渇しそうになる痛みに耐えながらも、ペガサスから投げ落とされた縄梯子を掴んで、セラフィラ様を抱きしめる。
「では、サラバだ!」
発艦と同時に、地表が遠くなる。
全てに気付いた魔法使いが魔法を放つが、存在そのものが高次の魔法具の塊であるペガサスには通じない。やがて副都の空へとペガサスは駆け上がっていく。
……その後、ジャスパーの人力クレーンで引き揚げられた俺ら。
俺? 当然、セラフィラ様加えた女性陣全員からの折檻を受けましたとも。
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