第9話 声豚はイケメンに屈しない
貴人を待たせては失礼。
と、俺は頬にビンタ痕を残したままマデリンと入室した。
そこにいたのは意外な人物であった。
「……初めまして、セラフィラ様。クリストファと申します」
咄嗟に言葉が出てきてよかったなー俺、と思っていると俺でも知っている有名人の彼女は自嘲する。
「かしこまらなくてもよろしくってよ」
青髪ショートのセラフィラ=ワーズワースは、そう苦笑した。
俺は何故、勇者様のヒーラーがここにいるのだと思いながらも口を開く。
「私めに、何の御用でしょうか?」
俺がそう言うと、彼女は語った。
「まずは謝罪を、異母兄がご面倒をおかけしました」
「あいや…こちらもその……」
俺がしどろもどろになると彼女は説明してくれた。
「父からの評価を上げたい、家名をなんとかしたいと、兄は先走ったようです。それも、エンジュ様のリークがあってのことでしたけど」
なにしとんじゃい、あの姫。
俺がココに居ない元凶にヘイトを向けていると、セラフィラ嬢は言う。
「そもそも、私が失敗したからなのですわ」
そう伏し目がちになられるセラフィラ嬢。
困惑する俺が口を開く前に、糞冥土が余分なことを言った。
「ユーシャーを篭絡できなかったから? ですか」
なにいっとんねん、おまえ。
やっちまったことに俺は脂汗が止まらなくなったが、言われた側であるセラフィラ嬢は頷く。
え、セーフなんだ? 今のセーフなんだ!
と言う俺が一人で気分的なデッドオアライブしていると、セラフィラ嬢は胸のうちを俺らに吐露した。
「その、勇者様は素敵な方でしたわ」
「はい」
「御顔は凛々しく、御髪は滑らか」
「あ、はい」
「体つきは絵画から抜け出した英雄のようで……そして武芸の冴えも素晴らしい」
「あ……、はい」
「でも! でもです! あの声はないでしょう!」
「あ、は…ィって、はぁ?」
俺は恋する乙女の発言を聞き流そうとして、失敗した。
だがセラフィラ嬢としては我が意を得たとばかりに捲し立てる。
「顔は良いし、体も筋肉もとってもエッチなんです! 胸の盛り上がりなんて最高なんですのよ!」
やめろよ、下世話なの。
俺、筋肉付かないの悩みなんやぞ。
そして冥土、激しく首を振って同意すんな。
「でも声が駄目。生理的に無理。気持ち悪い、大の大人があんな甲高い声って許せない。性格も糞だし、音痴も許せない。ねちっこい女みたいな声で無理。気持ち悪い。性格無理。声がキモイ。骨格いいのに声が酷いのが理解できない。神への冒涜ですわ」
セラフィラ嬢は止まらない。
そして、彼女の口からも勇者様の性格が糞だと飛び出て、俺は魂消た。
どうやら勇者様、相当アレなお人らしい。
「だから………どうしても無理だったのです、ハニトラが」
なるほど、俺は平静であるよう勤めながら理解はした。
だが、それが俺とどう結びつくのかが分からない。
……なんて言えばいいのだろう?
と思っていると、冥土が言った。
「わかる。嫌いな声は、生理的に無理」
「分かっていただけますか?」
「勿論。怠惰で童貞だけど、クリストファは声がイイから許してる」
ちょい、飛び火で俺をけなすのやめーや。
「ですので、私は勇者の洗脳から下りました」
「洗脳」
俺は真顔になった。
「けれど、他の残った子の洗脳と勇者さまのチート特典がぐっちゃぐちゃになって」
「……ああ理解しました」
俺はやっと合点が行った。
「つまり、勇者様らは自滅したと?」
確認すると、セラフィラ様は認めた。
「そうなりますわね」
なんてこったい、と俺は思った。
いや、勇者のハニトラは分かるのだ。
でも何で、魔王討伐前にそうなった事が今一つ納得できなかった。
だが彼女の話で俺も理解できた。
「それで、セラフィラ嬢は私に何をお望みか?」
「魔王討伐の名を売って欲しい」
俺は胡乱気な目で彼女を見ていたらしい。
べしっと、糞冥土に叩かれる。
「察して。つまりに面倒なことはセラフィラ様が引き受けてくれるという事」
「そう言う事か。というかお前、魔王殺し何処で聞いた?」
疑問をマデリンに聞くと、彼女は答える。
「姉さまから。これもメイドの修練」
「さようで……姐さん、マジで何もかも知ってるな……」
俺が会話を切ると、セラフィラ様は言った。
「どうでしょう? ご不便をかけることはないと思いますわよ?」
俺は3秒で決断した。
「お願いします」
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