第8話 美女達は秘密と理不尽を抱えている
意外だが、冒険者ギルドは一昼夜空いている。
何をしているのかと言えば、業務が主。
だが馬鹿のガス抜きである酒場、後は深夜受付等も行っている。
副都っ子は宵っ張りだが、それでも深夜となればマトモな手合いは減る。
よって俺が、大騒ぎの後で逃げ込んだ冒険者ギルドで深夜番の受付嬢に捕まったのも自然なことだった。
「スラムで冒険者が大立ち回りですって、何か知ってらっしゃる? クリストファ」
年齢不詳、夜勤しかしないことで有名なオキニス姐さん。
彼女が妖美な笑みを浮かべ、俺に質問してきた。
「そりゃ知らん。不当に拘束されそうになったから、やっただけだろ?」
俺は答えつつも彼女から視線を外した。
貸金庫から資金出してもらっている間の一幕である。
なんだかんだと無理をしてスラムを脱出した俺。
……金をばら撒いて逃げたのである、手持ちの金が必要であった。
なのでギルドの銀行機能を使って俺は引き落としていた。
その担当が彼女だったと言う話だ。
なので俺はあしらう様に口にして、彼女から視線を外した。
すると彼女は楽しそうに言う。
「あらやだ、嘘つきねえ」
そこそこ傷を作った俺は、今とても薬臭い。
だが彼女は気にも留めず、話を振る。
「鉄火場の雰囲気が残ってるのに」
そう姐さんに食いつかれた俺は少し不機嫌だった。
いや美人の姐さんに構ってもらえるのは悪くは無いのだが、切羽詰まってる身としては不用意な会話を避けたかったのである。
「……姐さん、なんなのさ?」
「あら、乱暴な言葉。傷ついた」
「冒険者なんて乱暴者の代名詞でしょうに」
冒険者が乱暴なのは、時代が下っても変わらない。
……結局、冒険者と言っても食い詰めと無頼漢の別称なのだ。
名を上げる奴はいなくもない。
だが、そもそも3K職ゆえ、その頭と素行は察すべしだ。
宵越しの金など、大半が持っていない。
そして俺も素行が良いとは言えないくちである。
だが姐さんの回答は少し、違った。
「だけど、その熱気が人間らしいと思わない? 飲んで騒いで賭けて異性を買って、欲に純粋であるのは正しいと思うわ」
宗教家が卒倒しそうな意見だ。
俺が何にも言えずにいると、彼女は話題を切り替えた。
「ちょっとお願いがあるのよ」
そう姐さんは俺に言ってきた。
「……立て込んでて、色々」
俺はそう逃げるが、姐さんも敏い。
「その貴族に口を利いてあげてもいいわ。応援だってしてあげる。人も手配するけれど?」
情報通でも知られる彼女だ、どう知ったか俺の現状を理解しているらしい。
「降参っす」
俺はその一言に白旗を上げた。
……姐さんが一目置かれているのは、その美貌もあるが情報網の深さだ。
どうにもサロン経営か、太いパトロンを姐さんは持っているらしく、彼女は何でも知っているし、本人が出来ると言うと大半は出来た。
そんな姐さんのお願いは、俺にとって意外な物だった。
「その貴族の妹さんに会って欲しいの」
「冗談キツイっすよ」
たまらず言うと、彼女は補足する。
「取って食いやしないから安心して」
「……時間ないんですけど」
俺は思わず本音を零していた。
【徒花の騎士】は空振り、斥候か盗賊は失敗。
……だがマルシアは動いているし、残り期日も7日間になろうかとしている。
遊んでいる暇は正直ないのだ。
「そうね。昼前にココの商談室を私の名前で抑えとくから」
「話聞いてました?」
「聞いてるけど無視したの」
そうして彼女は現金輸送担当者から受け取った袋を俺に手渡す。
「何処行くのかは分からないけれど、貴方にとって良い冒険を。倒せるといいわね」
「あざっす」
俺はしてやられた気分で金を受け取った。
宿に戻ると顔見知りの夜警だったので、すんなり通れた。
万年床に横になった俺は、そのまま仮眠を取る。
……上りの鐘より早く、俺は目覚めた。
「……髭剃ってくか」
一張羅を出しつつ、俺は顎に手を当てる。
行水し、髪を死ぬほど梳かしてから、俺はギルドへと向かった。
そのままカウンターで、若手の男の受付に話しかける。
「あー、オキニスさんの名前で面談を予約してたんだけど」
「クリストファさんですね? しばしお待ちを……ああ、ギルドからも同席者を出しますから」
「……ちょい、それ誰情報? 同席者って何?」
俺が聞くと、彼は「聞いてなかったんですか?」と言ってから俺に言った。
「オキニスさんですが? ちょっとした応援に出すって話でしたよ」
「オーケー、理解した」
昨晩のアレか。俺は納得しつつ先を促す。
「で、誰が同席するって?」
「マデリン嬢ですね」
俺は盛大に噴き出した。
「えっと、マンデリンやマテリンじゃなくて?」
「斥候のマデリン嬢ですね」
俺は吐きそうになった。
と言うのも、この斥候冥土マデリンとの仕事で俺はトラウマを抱えたのだ。
……虫も殺せぬ顔をしながら、メイド服(おかしい)でモンスを家事・掃除用具(おかしい)で始末する傑物がマデリンである。
しかもヤツの何が怖いって言えば、その能力の理不尽さだ。
……包丁は一切使わないのに、敵を切り刻めるし、物体を破壊できる。
トラウマの原因となった依頼で同行した時、俺は「お玉は肉を抉れる」「箒は柄じゃなくても肉体を貫通する」「絶対にパンチラしない謎のミニスカ」「ナイフのごとき切れ味のホワイトプリム」「すりこぎはパリィとして機能する」と理不尽と恐怖の数々を味わったのである。
戦闘能力と口の堅さでオキニス姐さんが手配したのだろうが、人選がヤヴァすぎる。
人柄は問題なく、顔見知りでもあるので軽口を叩きあえるが……正直一緒の仕事は考えたくない。
「大丈夫ですか? 顔真っ青ですけど……」
「あまりだいじ「役者じゃないですか、お元気ですか」」
俺は軋むような音を立てて振り返った。
楚々としたメイド少女の、マデリンがそこにいた。
「オキニスお姉さまからのお願いですから、協力しますよ」
おい、お前表情筋に仕事させろや。
そう思いつつも、俺は言う。
「チェンジで」
「ぶっ殺しますよ、童貞?」
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