第7話 承認欲求モンスターの為の特典の誤った使い方


 騙された!


 馬鹿正直に姫様のコネを信じた俺が馬鹿だった。

 娼婦ギルドの副都支部に顔出し、老齢の(若い頃は高級娼婦だったのだろうか?)受付嬢に『徒花の騎士』を借りたいと姫様のお手紙を出して申し出た。

 したらば、俺は笑顔の娼婦ギルドが契約する警備兵の手でつまみ出された。

「オイ、話が違うじゃねえか!」

 路地裏にポイ捨てされた俺は思わず叫ぶ。

 そして、姫様からもらったコネの結晶である紹介状を破りたくなった。

 

……だがしかし、すんでのところで俺は冷静さを取り戻し思い止まった。


「……もし破いたのがバレたら?」

 葦原百騎だけがトレビシク=エンジュ家の兵力ではない。

 代々続く多民族部隊である『ホワイト・リボンズ』やら、実在不明の『トレビシクの千里眼』なんて諜報組織もあると言う。

 姫様の下賜品を蔑ろにして無事に済むイメージが俺には湧かなかった。

「あー…どうしたもんか」

 俺がそう呻くと、路地裏の住人ではない人間が声をかけて来た。

「君、娼婦ギルドから叩き出されるって何をしたのかね?」

 見れば小男だ。だが、身なりはいい。

 爪も手もきれいなのだから、裏通りの人間でも上澄みであろう。

 裏路地に顔を出す人種には見えないのだが……俺は誰かに我が身の不運を話したくて、彼に答えていた。

「それが、ご老人。徒花の騎士の助力を願ってだったのですよ」

 俺が答えると、彼は笑った。

「ソレは投げ出されるだろうな。君、彼らは秘匿された存在。正門からの依頼は不可能だ」

「……勉強になりました」

 俺が言うと、彼は上着のうちポケットから名刺を出す。

「とは言え困っているのだろう? 老い先短いと若者に何かしたくてね。ソレを持って商館まで訪ねてきたまえ」

 そう言うなり彼はスタスタ歩き去り、待たせていたらしき馬車に消えた。

 俺はしげしげと名刺を見て、固まった。

「『人買い』ブルーク氏か!」

 副都で著名な大奴隷商人の名刺を手に、俺はどうするかと悩んだ。 



 ブルーク氏を訪ねても良かったが、俺はあがくことにした。

 好んで近づきたくもないのだが……やむをえまい。

「……質は悪いんだろうが、使い捨ても考えるとアリだよな」

 スラムへ続く門である葬儀門。

 その衛兵に鼻薬を効かせて、俺は副都のスラムへと潜り込む。


……副都は拡大に拡大を重ねているだけあって、物流や通行面で不便の生じた地区が少なくない。


 そして繁栄の裏には薄暗い闇がある。

「おー…あー」

 入って速攻、麻薬中毒者同士の乱闘があった。

 見れば野次馬が勝敗を賭けており、その後ろでは非合法の陰間や立ちんぼが客引きしている。立ちんぼではなさそうな、怪しげな煙草売りは、煙草にはとても見えない葉っぱを汚い刃物で刻んでいる。

「まさに、混沌だな」

 仕事で来ることはあっても、仕事を振りにくることなどなかった俺。

 スラム特有の危うい気配に注意しながらも、そのまま目的地を目指した。

 


 しばらく歩くと、そこはあった。

 元は商館か貴族屋敷だったと思しき壁に囲まれた邸宅だ。

 だが、魔法痕やら塗料の落書きで景観は台無し、建物本体も増築改築と副都の景観法をガン無視していた。

「……行くぞ」

 俺は目的地である裏の求人の本拠地である『蛇の移動屋台スネークダイナー』へと入った。


……店内はやかましかった。


 下手糞なバンドが麻薬でラリって曲をキメているだけでない。

 罵声、怒号、嬌声が飛び交っている。

 おまけに時折、物が飛び交う。

 そんでもって刃物を抜いた馬鹿も少なくなく、軍隊崩れか、それとも魔法系の学園の落伍者か、魔法持ちが剣呑な目で己の触媒やら発振器を握っている。

 幸か不幸か、銃を抜いた馬鹿はいないようだ。

 だが、ゴツイホルスターに最近流行している切り詰めた銃身の銃をぶら下げた輩は少なくなく、天井には弾痕が生々しく残っている。


……新参の俺は一瞬注目を浴びたが、流された。


 冒険者のタグをこれ見よがしに出していたのが利いたらしい。

「……いらっしゃい、お綺麗な冒険者さんが何の用で?」

 カウンターまで近づくと、目の落ちくぼんだマスターが問いかけて来た。

「人を募集したいんだ」

「殺しの紹介は、うちじゃやってませんぜ?」

 そりゃ知ってる。

 暗殺やら決闘代行など、殺し関連の依頼はマフィアのシノギで領域だ。

 どこの組織がケツ持ちかは寡聞にして聞かないが、中立である『蛇の移動屋台』で、その手の依頼は出来ないと俺は聞いたことがあった。

 そしてオーナーの口ぶりからして噂は真実のようだ。

「やらんよ。俺が募集したいのは、口の堅い斥候だ。盗賊でもいい」

 そう言うと、ピクリとマスターは眉を上げ、黙ってドリンクを出して来た。

 茶、らしい。

 グラヌ人の鉄板飲料である【茶入り酒リカーオンティー】でなく、ちゃんとした奴らしい。

 一口含むが、ごくごく普通の茶の味だ。

「……難しいか?」

 鐚銀貨を出すと、マスターはコップを磨き出す。

「冒険者さん、あんたが頼みにきてるって点で、うちのろくでなしどもは日和ることでしょうや」

「そうかい。盗賊でもダメか?」

「ですね。やつらが盗みをやるんだったら、ウラナリ成金かオシロイ貴族様でさ」

 マスターは別のジョッキを出しつつ言った。

「察しますに、ご面倒なお仕事でしょう?」

「……まあな」

 誤魔化しても良いが、このマスターはタダモノではない。

 所作は剣客や無頼漢に通じるものは何もないし、手にタコが出来てないことから戦闘の心得があるかは不明だ。

 それでも、こんな場を切り盛りする人種に隠してもロクなことはなさそうである。

「―――ところで、冒険者さん」

「なんだい?」

「後ろは、お連れの方ですかね」

 そう言われ、俺は虚を突かれた。


―――そしてソレが致命的なミスだった。


「見つけたぞ。お前が役者のクリストファだな?」

 俺が振り返ると、そこには乗馬服姿の貴人と―――その護衛がいた。

 場違いな事この上ないが、武器を抜いているので客らも黙ったのだろう。

「エンジュのアレと何を企んだ?」

 ワオ、情報が洩れている。

 俺は密かに腰を落とす。

 また、ぶら下げたタガーに指をかけつつ、俺は彼へ言った。

「お貴族様、人違いでは? 俺はちんけな冒険者崩れで……」

「黙れ、答えろ」

 俺はため息をつくと、小声でマスターに問う。

「タレコミからの、しょっ引き?」

「ウチとしては冒険者さんが出てけ、と言いたいですな」

 二進も三進も行かない上に、お貴族様の目的は俺だろう。

 俺は無言で特典を起動する。


……即興だが、なんとかしよう。


 文字通りの演技をするため、俺は声を作って答えた。

「失礼しました。いかにも、私めがクリストファです」

「よろしい。では同行してもらおう」

「何故、ですか?」

「妹が望んだからだ」

 会話で情報を回収することへ誘惑されたが、俺は言う。

「貴方様にとって、私が動くと……困ると?」

「その通りだ」

 確認だけ取れた。

 そう彼の貴族が答えた瞬間、俺は即座に切り返す。

「じゃ、ケツ持ちしてくれますか? トレビシク=エンジュから」

 貴族の男の顔が苦り切ったものとなる。 

 それだけでで俺は察した。


……どうやら目の前の御仁は、勇者パーティーの関係者だ。


 身内の不始末、その発覚を恐れての行動だろう。

 実に貴族様らしい。

「返答無しなんで……この場はおいとまさせて頂きます」

 俺はそう宣言すると、特典を発動。

「【我は我にあらず】」

 所略の呪文コマンドを口ずさんでから、俺は特典発動の条件を満たすため、マスターから酒の入った樽ジョッキをひったくる。

「冒険者さん!」

「スマン、マスター、後始末は後ほど!」

 銀貨をカウンターに叩きつけ、俺はジョッキを貴族目掛け投擲。

「なッ? 下郎めが!」

 貴族が身を引き、部下が庇った瞬間、俺は走り出す。

 出口ではなく酒場のホールへと俺は突っ込むと、料理を食べ終えた客のテーブルの上に飛び乗る。

 マスターの眼が見開かれるのが分かった。

「皆! 聞いてくれ! 俺は役者のクリストファだ! 仕事を振りに来たんだが、お貴族様の邪魔が入った!」

「何を言うか!」

 貴族サマの言葉は無視して、俺は財布を引っ張り出すと、中身を引っ掴む。

 特典はガンガン魔力を燃焼させて、ご都合主義も良いところの「舞台」を作り出していく。


……演劇系特典の本領発揮と言った感じだ。


「でだ、このままだと無礼罪で俺はとっ捕まる。なので、皆に余興をしてもらいたい!」

 俺は敵たる奴らを見た。老若男女、この場の誰もが俺に視線を向けている。

 俺の特典が、ブっ刺さっているのは見れば一発だ。


……演技系の特典の真骨頂がココだ。


 呪いでも魔法でも、奇跡でもなく人に突き刺さる。

 情動に働きかけ、認知により強化され、注目されて完成する。

 これこそが、対人特典【演劇系】。

 レジスト出来たのは、手練れの魔法使いか、鍛えている奴だけだろう。

 俺は口角を上げて叫んだ。

「俺が逃げるのを助けてくれりゃ、金出す!」

 普通なら通らない無理難題。それを俺は大声で宣言する。

「嘘だろ、小僧!」

 酔客の一人が声を上げる。俺は彼目掛けて、銀貨を投げつけた。

 彼は、荒事に身を置いているらしくソレを掴むと叫んだ。

「銀貨だ!」

「ああそうだ、あぶく銭ならある! やってくれ!」

 俺はそのまま財布の中身をぶちまけた。

 掴みも完璧、皆俺の『演技』に引っかかる。

 姫様からもらった資金が少々消えるが背に腹は代えられない。


――直後、銀貨を求めて、見苦しい争いがホールで勃発する。


 怒号に悲鳴、そしてマスターが頭を抱えるのが見える。

 そんな中、俺は「逃げるのか!」と言う貴族の言葉を無視しながら、窓から路地へと飛び出した。

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