第6話 ケチな彼女は、その筋で有名
寝て起きたら、残り8日である。
オレガノのおっさん経由だが、コネは使い道があることは発覚した。
さて護衛は後回しにしつつ、俺は“足”をどうするか考えた。
魔王の居場所は、副都から見て南方。旧ジブルマウ領の城跡だと思われる。
……勇者様らが周辺の活発化した迷宮を焼いて回っていたから、そこが本拠地で間違いないだろう。
「さて、どうするかね」
俺は街を目的地へと歩きながらも、考えていた。
片道だけなら、馬を取り換え続ければ何とかなる。
だが、戻りとなると怪しい……魔王と言う親玉を潰して終わりではない。
生きて戻って成功なのだ。
して、帰り道は何かと危険である。
そもそも生きて帰れねば、行ってこいの刺客と何ら変わらないのである。
できれば万全を期したい。
「………あー嫌だ。けど頼むしかない、か」
俺は目的地である馬借『天国の絨毯』の扉を叩いた。
馬借なのに年老いた馬ばかり、丁稚は小僧か腰の曲がった翁。
そんな有様の馬借『天国の絨毯』は、とても流行っているとは言い難い店であった。
ただ掃除は行き届いており、投げやりな経営でないと言うのは明確だ。
「じゃまするよ」
俺がそう言うと、カウンターで帳簿を見ていた若い女が顔も上げもせず言った。
「モンス退治の脚なら他へ行けよ」
「客への言葉か、ソレ…」
俺が言うと、若い女が顔を上げた。
半月の伊達眼鏡に生成りの頭巾、髪はブルネットだ。
「だったらなにさ、『役者』? お前がウチへ頼むなんて厄介ごとだろう」
目つきがキツいが豊満な肉体を持つ女こと、『吝嗇』マルシアは言った。
「旧ジブルマウの王都まで行って帰ってきたい」
腐れ縁の彼女にそう言うと、奴はますます剣呑な目をした。
「ふかしか? 神馬でなきゃ無理な話だな。ウチに振る話じゃない、帰れ」
彼女はそう言うと視線を帳簿に戻す。
俺は懐から出したブツを、ドンとカウンターに置いた。
「光り物をぶっ刺すった、お前も落ちぶれたか?」
「見ろ。前金で銀貨50だ」
俺が言うと、そこでマルシアは初めてカウンターの上を見た。
ひったくるように彼女は銀貨を奪うと口笛を吹く。
ちなみに前まで乗っていた彼女のナニカはデカかった。
「トレビシク=エンジュの正銀貨じゃねえか………ってことは?」
「お前んとこの、【ペガサス】をジブルマウまでチャーターだ」
正直、マルシアに仕事を振るかは悩んだ。
だが、彼女に頼むことしか俺の貧弱な頭では思いつかなかった。
「話は聞こうじゃねえか? 目的地は分かったが、何時迄にどうやってだ?」
「8日以内に向こうで目的を達成して戻って来る」
「そりゃ厳しい」
マルシアはプロとして意見を出す。
「整備して動かすのに5日だ、航路は二日で往復できるが? どうする?」
帳簿を閉じた彼女は目に金を毟ると言う意志を浮かべながら俺に催促する。
「これ以上は積めない。まだ護衛を借りなきゃならんからな」
「ふん。客の事は詮索しねえ。だが、物騒なヤマなら考えるぞ?」
俺は舌打ちをしつつ、ポケットから追加の銀貨十枚を出す。
「これで手打ち。で、どうだ?」
「足りんな」
ケチな彼女らしい発言だ。
「なら、お前の依頼を無条件で受ける」
「だったら、副都馬借ギルド長のドン・ドーソンの首を持ってこい」
殺人教唆をした彼女を俺は真正面から見た。
俺にも出来る、出来る事だが、俺は彼女に問い返す。
「言ったな?」
俺が言うと彼女はヒラヒラと手を振った。
「悪かった。お前なら出来だろうさ………しゃーない、受けよう」
試したらしい。性格が悪いこった。
「恩に着る」
そう言いつつ俺は何気なく追加の銀貨を見る。
すると彼女はソレをサッと隠した。
「未練がましくしなさんな。いい男は金払いの良いのさ」
蓮っ葉気味にマルシアは笑って、そう言う。
あと、もののついでか俺に聞いた。
「で、護衛はどうするんだ?」
「【徒花の騎士】を引っ張って来る」
俺が答えると、彼女は爆笑した。
「傑作だ! 鏡で顔を見てこいよ、『役者』! お前はどう見たって男だろうに! ブ男とののしる程じゃじぇねえが、相手にされると思うか?」
痛いところを突かれて俺は機嫌が悪くなった。
「だから気が重いんだ…」
「お前が色男だったら、徒花じゃなく【百合園の騎士】でも引っ張ってこれただろうな」
「造語か? 言ってろ……」
俺が嘆くと、彼女は帳簿を開き羽ペンで書きつけながら言う。
「ってことは、冒険者ギルド経由の依頼じゃないな?」
彼女の察しが良いのは表も裏も仕事をしてた経験に裏打ちされたものだ。
「ご名答、貴き上から降って来た」
俺がそう答えると、彼女は平民らしく嘯く。
「貴人様らは天で輝いてりゃいいのさ、シャンデリアみたいに」
達筆な彼女は帳簿つけを終えると、写しを記した木製の割符を俺に渡す。
「けれど、受けた以上はお答えしますわ。お客様、私共『天国の絨毯』は貴方の旅の隣りにあります」
そう微笑むマルシアを見つつ、俺は思わず言っていた。
「老舗の決まり文句も……厳しいよな」
「だろう? まあ、当時の陛下の勅令があるからやれてんだ。我慢してる」
そう言って、マルシアは言う。
「仕上げは早めるつもりだが、ヤマが飛ぶなら連絡入れろよ?」
「分かってるさ」
俺はそう答えつつ、割符を上着にしまい込んだ。
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