第5話 無茶ぶりを現実に落とし込む作業
座敷牢から俺は解放された。
と言うか、安全確保の為だろうか?
高級住宅街ドヴナット地区の古城を貸切るのがおかしい。
俺は黒髪黒目が特徴的な葦原部隊に送られ、宿へと戻った。
何とか昼下がりに終わったので、夕食には間に合うと思われる。
「気が重い……」
そうして俺が酒場に向かうと、オレガノのオッサンが心配そうに声をかけて来た。
「おい! 役者の、大丈夫だったのか? お前が葦原人の一行に攫われたと聞いて心配してたんだぞ」
「……まあ、な」
俺はそう答えつつも、全てを話せないと言う苦しさを味わっていた。
姫様、最後の最後で俺を守秘の呪いで縛ってやがったからだ!
……皮肉にもガキの頃の夢である魔王殺しに俺は挑むことになったものの、気持ちは最悪最低である。
夢もないまま、その日暮らしの俺が何で苦労しているのだろうか?
「元気ないな? まあ無事ならいいんだ……凹んでるなら、おねーちゃんが一番だぞ? 役者の」
オレガノのおっさんがそう言う。
悪気があっての発言ではないとは理解している。
だがピンポイントで姫様商会の“コネ”を言われた俺は顔が引き攣っていた。
「本気で大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
「なんでもないんだ…なんでも………はは、俺、悪夢を見ているよ」
そう言いつつ、俺は卓に付く。
下戸なので白湯を頼んだ俺の隣に、オレガノは座った。
「困りごとか? 金か、女か?」
年の功だろう。オレガノの有難い申し出に俺は感謝した。
「ちょっと違う。おっさん、俺、自分のやるべきことを明確にしたいからさ……アイディア出しと、その精査に協力してくれないか?」
「いいけどよ、なんだ? 仕事か?」
「仕事だよ。糞な指名依頼さ」
夕方から夜間だけのパートタイムの給仕嬢が、俺とオレガノにそれぞれ飲み物を届ける。
「んで、どんな依頼よ? 守秘義務あるなら、何をしたいかだけでも出せや」
「ありがとよ。目的は、とあるモンスの単独討伐」
俺は魔王をモンスターに置き換えて説明を始めた。
俺の説明は間違ってはいないと思う。
……魔物の王だから「魔王」だし、人間辞めて魔物になっているのも確実だろうと思われるし。
「コイツの居場所は分かってる。だが、第一に奴のねぐらが遠い。第二に、ねぐらの……目的のモンスの他のモンスを駆逐できるかが分からない。第三に、時間がない。今日から9日以内でやれとのことだ」
「はー……溜息出るほどの無理難題だな」
オレガノは暗に「よく受けたな、そんな依頼」と言ってきた。
「だろう? ただ、ありがたいことに、モンスその物は俺一人でやれる」
「なるほどな、悩みは第二と第三だな?」
「んだ。馬鹿正直に今夜出立しても間に合わない。そんでもって、ねぐらを踏破できる自信はない。帰って来る可能性はおっそろしく薄い」
俺が言うと、オレガノは言う。
「鉄砲玉で死んでこいか。糞だな、その依頼。まあ……第二は単純だろ? 護衛を付けるか、戦闘を避け潜入するかだ。安全取るならどっちもだな。安全面で壁役、そして先導する斥候を雇えば行けるだろう」
俺は考え込む。
間違いではないが、ここで姫様の但し書きと呪いが響いてくる。
「秘密厳守だ。外部はいたずらに増やせない」
「……ああ、メンツと資金面でか」
言いたいことをズバリとオレガノは酌んでくれた。
「そうだ。有名何処に依頼すれば資金面で焦げ付く。だからと言って中堅冒険者は口が軽いやつが多いだろう? だから悩んでるんだ」
「神殿騎士は……ダメか、寄進と帰依がいるからなぁ」
オレガノはその後、何気なく言った。
「役者の、お前が女だったら【
「なんだそりゃ?」
繰り返すが、俺は下戸である。
おねーちゃんのいるところは酒が必要という事で、下戸の俺は敷居がとても高かった。また童貞故に縁がなかったとも言う。
「知らんのか? 娼婦・賭博ギルドの兵力さ」
「……最強のギルドだとは聞いてたが、自前で兵隊持ってるのか」
この世界には各種ギルドがある。
ただ数多のギルドがあれど、最強最大は何処か? と言えば、誰もが『娼婦と賭博ギルド』と口にする。
『艶酒王』カリィ=コアントローが部下の管理の為に組織化した、この組織。
俺は母体が母体だけに、その出自の武力を背景としているとばかり思っていたので、自前で兵力を抱えているのを知らなかった。
だから、コネか。
「童貞が知らんでも当然だわな。奴らは、花園を荒らそうとする敵か、夜の蝶の為にしか動かん。でもって、戦争には出ないからなぁ…」
「眉唾じゃねえの? 間諜の頂点らしい【皇帝陛下の寝物語】よろしく?」
「いや、いる。マフィアが手を出したくて仕方がない箇所に食い込んで、長く残ってる組織だぞ? 推して図るべしだ」
そう言って、げっぷするオレガノ。
「咲き誇る徒花の為に、戦うってよぉ……痺れるじゃねえか」
「よーわからん」
「カーッ、役者の、浪漫をわからんか! これだから童貞は!」
「童貞関係ないだろ!」
俺がキレ返すと、オレガノは自信満々に言った。
「あるとも。童貞の神秘補正は美味しいが、人生のすばらしさの半分を失ってるもんだぞ? 血の灯を自分の代で吹き消そうとしている変態を何故慮ってやらねばならん?」
「だまれーや、オッサン」
俺が言うと、オレガノはガハハと笑う。
「まあ、怒りが出たのは良いことだ。死ぬなよ、役者の」
俺はこの憎めないオッサンの為に、エールを注文してやることにした。
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