第4話 第三者視点のナデポ・ニコポ


 魔王暗殺に俺が適切な人材だと言うのは、理解しよう。

 最強と嘯くのはハッタリもあるが、事実として俺は「ハマれば」最強になれる。

 これも、俺の特典の性能ゆえである。

 だが、しかしだ。

「理由は理解しました……でも、葦原百騎での魔王打倒はダメなのでしょうか?」

 俺が未練がましくそう言うと月夜叉姫でなく梅蝶氏が答えた。

「外交問題になる為になります。我々百騎は、グラヌ傭兵と扱いは同じなのですから。何代経っても忘れられぬそうですし」

 そう言われ、俺は顔が引きつった。


……マジかよ。政治問題まで絡むのか?


 そして梅蝶氏、現代までその武名を鳴らし続ける最強部隊「葦原百騎」のメンバーとな? 時の皇帝陛下がその強さにほれ込んだって触れ込みの通りなら、俺より強くて間違いなく、俺は彼女が気まぐれを起こさないことを祈った。

 そうして俺は逃げるように口を開く。

「では、高位の冒険者は?」

 そう俺が別提案をすると、月夜叉姫は眉を顰めた。

「我らのいう事なぞ、あれらは聞かん。そして丸河内の民らを差し向けるのも問題がある」

 月夜叉姫はトレビシク=エンジュの領都の名を上げてから、口をへの字にした。

「だいたいなあ、いつまで経っても我らを侵略者だ、占領者だ、異人だと帝都の貴族共は言うがの。だがのぉ? そもそも今の帝都貴族の祖先なんて皆グラヌ人にボッコボコにされて、殴れば出てくる小麦袋代わりされていたんだぞ?

 ましてやゴダール人系は兎も角、一度たりとも大半島統一出来なかった奴らの子孫が奴らだ。我ら蘆原の血が入って統一できたのだ。であるからして、当時のチコ人、メスエル人、ビントルイ人、ネルシャ人の貴族や王族らは根性無し。その末裔からこその現状ではないか?」

 俺はめまいがした。


……半島の主要民族をコケ降ろす発言は如何なものか?


 貴人だから許されるたって、言い様があろうに!

 確かに現帝室は葦原の血を入れてるけれども!

「だと言うのにだ! 魔王が日本人、つまり葦原系だから責任取れ! と当代のハゲ皇帝はバカ率直過ぎる!」

 ギャーと月夜叉姫は叫ぶ。

「味噌っかすの禿だが、あ奴は帝室の伝統から一度は僧侶として、誠宗の本山で会得してきたのではないのか!」

 そして今度は皇帝批判……俺、カルチャーショックで倒れそう。

「取り乱したな、許せ」

 しかしどんなメンタルをしてるのか、一瞬で真顔になった月夜叉姫は続けた。

「とりあえず、一応親戚……に頼られて断るのは、我らのメンツが立たん。で、狩井の家は葦原系の転生者を探し出し勇者として用立てた」

 落ち着て彼女は続けるのだが……

「でだ、我らが裏から秘密裏に合力して、勇者が魔王を始末するようを進めておったのだが……」

 俺が遠くなった意識を取り戻すと、月夜叉姫は大事そうなことを言った。

「進めていたが?」

 俺が問い返すと、梅蝶氏が言う。

「その勇者が、ハニトラに負けまして」

「ハニトラ」

 俺は真顔になった。

「ええ、ハニトラ」

 無表情で梅蝶氏が答える。

「……えっと、すみません良くわからず」

 惚けるが、彼女は此方が赤面するようなことを言った。

「勇者が●●●で××になりました」

 美人が直球でシモネタを放った。


 Oh……伏字か別の喩えでお願いします。


 衝撃で変なことを思ったのに、その思いが通じてしまってか、梅蝶氏は首を傾げてから続けた。

「想像しにくいでしょうか? くんずほぐれつパーティーメンバーとにゃんにゃんにゃんに堕落したという事です」

 俺は天を仰いだ。

 真顔でアホなことを言われた衝撃よりも、勇者の堕落がクる。

 

……そりゃ歴史的経緯故、勇者が全肯定される土地柄でもよ? ないだろ、それは。


 快楽で使命を放棄って、それでも勇者か?

「ええっと畏れ多くも勇者の名乗りという事は、皇帝陛下も期待なさっていたのでは?」

 勇者の名跡は、この大半島では重い。

 現皇帝家の初代が統一の際に勇者を名乗ったこともあり、自称・僭称共にマトモな手合いなら慮って名乗らない。

 それほど権威と格があるのだ。

 だからこそ皇帝陛下が任じた勇者となれば、ほぼほぼ「やること」「なすこと」肯定される。彼らは一応、大半島では絶対正義の存在なのだから。

 たとえ、話を聞く限りトレビシク=エンジュの後ろ盾と言うか推薦があってもだ。

「そうじゃな。あのバカ皇帝も期待しておった。腐れ勇者は特典で『英傑』『剣鬼』『妖精からの愛』を持っておったからな」

 月夜叉姫は思い出して怒りがぶり返したのか、語気荒く言う。

「だが、性格は糞じゃぞ? 妾との拝謁を賜りながら「うわ、和風なのにロリババアでもなければ、ちっぱいでもない!」って世迷言を吐く! でもって「俺ツエーが叶う! まずは奴隷ちゃんだ!」とか言い出す!」

 俺は吐きそうになった。

「……それで人格矯正と操縦役の貴族令嬢らが送り込まれたのですが」

 梅蝶氏が続ける。

「一人を除いて、誰もが勇者の顔と体に目が眩んだらしく」

「目が眩む、顔と体」

 言葉の当たりが強すぎる。ナニソレ。

「ええ……そのまま我慢の限界から、突発的に押し倒したそうです」

「あの、勇者様のご尊顔って、そんな金目の物な感じなんですか?」

 呪いでもかかってるんじゃね? と個人的には思う。

「ナデポニコポ可な顔と体です。どうやら特典の効果らしいですが」

「マジっすか」

「マジでございます。あの顔と体、金銀財宝と同じ……いいえ、危険物です」

 俺は、固まった。


……邪眼ならぬ『邪体』じゃねえか!


 一生異性には困らないかもしれないがヤバすぎる。

「初代皇帝と同じぞ。アレも顔と嫁で、どうにかしたからな」

 だから、月夜叉姫。帝室批判はやめてください。つーか誠宗の聖人でもあらせられるから、次からどんな顔で聖画を見ればいいんだ。

「……で、俺ですか?」

 俺がなんとか絞り出して、そう言う。

 すると、月夜叉姫は凶悪な笑みを浮かべた。

「しかり。おぬしならやれるだろう?

 こちらとしても結構、追い詰められておってな。実際、あの魔王程度、何時でも討伐できる。だが発端となった勇者を放置しても面倒」

 政治的な問題らしく、月夜叉姫はその詳細を話さなかった。

 ただ、そのまま彼女は愚痴めいたことを口にした。

「……ハゲ皇帝の意向なぞ無視して、数百年ぶりに大半島を戦火で焼いても良いが、我らが流す血が多くなるのでのお」

 怖いよ、この姫様。

「だからこその、お前の登用よ。相手が魔王なら、お前の特典が通るだろう?」

 理解し、俺は納得しつつも……言わざるを得なかった。

「とは言えですよ、支配域を着々と広げている魔王の元まで俺がどうやって行くんですか? あくまで特典が凄いだけで、俺、素の腕っぷしには自信が無いのですが」

 

……ただ、魔王の暗殺は出来ると思う。


 人間を辞めて魔物になっても、元人間なら勝ち目はある。

 けれど配下の魔物の群れを無双して突破というのは、俺には無理なのである。

 何せ俺は中級冒険者、そんな英雄譚的な武力など持ち合わせていないのだから。

 当然、其処らへんも知っているのだと思って俺は口にしたのだが、何故か月夜叉姫は目を丸くした。

「……おぬし、本気かや?」

 そう言って彼女は俺に確認した。

「本気ですよ」

 俺が言うと、月夜叉姫は疲れたように雑に俺に振った。

「生意気なことを言うの、お前が自分でなんとかせい」

「はッ? 正気ですか?」

 思わず問い返す。

「本気よ。それだけの特典のくせに日和見しおって……頭痛くなってきたのでな。資金はくれてやる、伝手もコネも用意してやろう」

 テーブルの上に、きらめく銀貨がドンと乗せられる。

 それから、妙に古めかしい装飾の手紙が置かれた。

「否定の言葉を吐いたらどうなるか理解していよう? やれ」

「………はい」

 俺としては、こう回答するしかなかった。


……この場から何とか逃げ出すことは出来るだろう。


 ただ、そうすりゃ梅蝶氏とのガチンコをやる必要があった。

 どうにか生きて突破しても、今度は本気を出したトレビシク=エンジュ家の刺客が毎月毎週感覚で俺に送り付けられるのは明確である。


――俺は詰んでいた。


 どうするかと頭を悩ませる、そんな俺の苦労は露知らずに彼女は言う。

「それとな、9日以内に何とかせよ。皇帝がますます禿げるでの」

「はぃ……」

 俺の毛根だって同じだよ! と俺は言いたくなった。

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