第3話 余裕ぶるやつに限ってトラブルが飛び込む
俺が拠点にしているのは、副都ことポールスック市である。
ここは、ところどころ欠けた樽を転がした形をしたココティア大半島(学者的には大陸らしい)の中心部、大河ゼールのほとりの街である。
……かつて大半島が群雄割拠の時代だった頃に王都として作られた、この街。
色々歴史深い街であると共に、大半島を二度目に統一した皇帝陛下の時代には首都として、遷都してからも諸侯ににらみを利かせる要所として、今なお放棄されることなく維持されてきた過去がある。
……そんな街の高級住宅街の古城、そこの座敷牢に俺はいた。
今朝は最高の気分だったのに、今の気分は最低だ。
と言うのも対面している人間と、この座敷牢の調度ゆえだ。
どう見たって、
「
「
な部屋のつくりをしている。
どうして、こうなってしまったのか?
俺は思い出していた。
■■■
宿でなく朝市の屋台で俺は朝食をとっていた。
別に今回が初めてでもなく、何度もやってる行動だ。
だってのに、俺は食事中に拉致された。
……しかも俺を拉致した人間は、どう見ても兵隊であった。
軍服についてた徽章が真実なら……大半島最強の外国人部隊の人間だ。
しかも彼らは、よりにもよって選帝侯家……それも現皇統、ルイデント朝二代目皇帝である【氷晶帝】を輩出したトレビシク=エンジュ家が誇る「葦原百騎」だと思われた。
――なんで知ってるかって? 雷を図案化した家紋を使うのは、その家だけだからだよ。
大半島統一の前後から武名を轟かせる組織相手だぞ?
たかが中堅冒険者の俺が叶うはずがない。
哀れ俺、荷物のように運ばれ、今に至る。
■■■
回想を吹き払い、俺は現状を確認する。
手枷足枷を嵌められたまま、目の前の貴人と面会中である。
ちなみに椅子に座らせてくれただけ、優しさがあるかもしれない。
そんな貴人がプレッシャー全開で口を開いた。
「そちが、『役者』のクリストファか?」
俺の髪より、なお黒い髪。
肌はオフホワイトのように透明感がある。
――純血の蘆原人ではないのだろうが、それでも蘆原系らしい美女であった。
ただ、これだけで判断すると痛い目を見るだろう。
そう俺が身構えていると、姫君がじろりと見てきた。
……答えろってことか?
貴人相手に大変不本意かつ大変シツレイであるが、俺は直答した。
「ええ……そうっす」
姫は俺の非礼を指摘することなく……何故か、いきなりダメだししてきた。
「……ふーむ、風采はパっとせん。ハンサム風なのであろうが、貫目がないやつよ。声だけは良いが」
なお姫は、俺らからすると独特で奇妙な格好をしている。
俺らココティア半島に住む民が、ワフクと呼ぶものだ。
ニホン人、と美称をする葦原人にとっては晴れ着らしいが。
……うん、トレビシクの姫と言う線は外していいかもしれない。
良く誤解されるのだが、選帝侯家かつ皇帝家の親族たるトレビシク=エンジュ家は二つの領地名を冠した家名でなはない。
ちなみに、俺が先に挙げたトレビシク家。
この家、元はチコ人系(昔大半島の北西部に住んでいた民族)の貴族であり混血が進んだ今となってはココティア大半島の貴族人種的特徴が強い(つまり貴族顔って奴だ)。
一方のエンジュ家だが……こちらは葦原国からの侵略者である。
とある葦原系の男が大半島のチコ人の領土を3分の2も奪い取り、そのまま今現在も家が続く……なんて稀有な存在であった。
半ば神話に突っ込んでいる伝承によれば、家祖は生粋の葦原人であるとされる。
よって彼の家は、ルイデント朝やら大半島の文化を学びこそすれ、是とはしなかった。
……我らが仰ぐは葦原の一つの王家のみ。そう彼らは嘯く。
一応、外部の血も申し訳程度に取り込んでいるものの、彼の家は葦原色が大変に強い。
よって俺は彼女をエンジュの姫と判断した。
「しかも………おぬし、百騎当人でなく、その従者に拉致されるとは何事か? それでもオノコか」
まだダメ出しは続いた。
「だから、中堅冒険者ですって。エンジュの姫様」
俺がそう言うと、彼女は訂正した。
「当代の
お怒りしつつもフンスと胸を張る姫様。
それを影のような従者の女――黒髪の蘆原人――が訂正する。
「……姫様、
「カーッ! 梅蝶! おぬし、わかっとらんぞ! なーんで借金やらかしてウチが拾ってやったトレビシクが上ぞな! アイツらはズッと間諜働きしとればいいんじゃい!」
「それも鳴綱公が言っておられた事にございます。我らは侵略者、田園と言う実を切り取り、名はトレビシクに食わせたと」
俺は耳を塞ぎたくなった。塞げないけど。
聞きたくない情報が山のように流れていく。
……『ナリツナ』なる名前は聞いたことがないが、歴史を思い出せば、すぐわかる。
二代目ルイデント皇帝の母方祖父である、俗に『艶酒王』と謳われた
「して、姫様」
梅蝶なる葦原人女性に促され、姫は言った。
「分かっておる。さてクリストファ、おぬし、魔王を殺さんかや?」
……トンデモない爆弾を姫は俺に投げた。
■■■
魔王殺しは勇者の仕事である。
この世界の常識的に「やれるけどやらない」と言うのが現地人達のマナーである。
イキリ勇者は知りもしないが、世界最強は何時だってこの世界の住人である。
……だって、煽てれば
現地人だと、そうはいかない。
あんまりにもブッ飛んだ強さの人間を差し向ければ国際問題になるし、魔王討伐に国家のリソースを裂くくらいなら、迷宮を叩いたり、他国を叩く方がずっと建設的だ。
という事で、現地人が魔王を倒すってのは文化的にマナー違反なのである。
……だが、それはそれ、これはこれだ。
貴族からお願いされたら、平民は文句が言えない。
実際、この世界では貴族=強者であり、仮に貴族の引きニートなドラ息子でも鍛えた平民相手なら絶対に負けることがない。この辺のカラクリは代々、強い血を取り込んで来たからなのだが……今は余談であろう。
さて、貴族相手のyesしか許されない問いを向けられ、俺は返答に猛烈に窮した。
それでも一応、信心薄いものの誠宗の教徒である俺はお断りを口にすることにした。
「ご冗談を、誠宗の教徒かつ万年中堅冒険者の」「卑下はいらん。特典のみで、おぬしを選んだのだから」
最後まで言わせなかったよ、この人ぉ!
「都合のいい時だけ宗派を出す出ない」
月夜叉姫はそう言うと、懐より扇を取り出す。
「お前のことは調べた。己の特典を『演技系』と対人的には説明しておるが……」
明らかに金属製の扇で叩かれては溜まらないと、俺は即座に肯定した。
「ハイソウデス、お見通しって訳っすね」
俺の秘密をどう知り得たか知らんが、彼女はにんまりと笑う。
「そも、『剣聖』やら『魔導王』だったら、お前を呼ばなんだ」
「強力な特典だと思われますが?」
本音で俺が疑問を口にすると、姫は俺に言い聞かせるように言う。
「見かけは、な。皆、誤解しておるのよ。特典は特典のみで至高ではあらず」
彼女は歌うように続ける。
「無用有用、聖俗、正邪。その区分も人が分けたに過ぎぬ」
―――
転生者や転移者が時に「スキル」とも呼ぶ、特典。
これはこの世界に住む人間なら誰もが持つものであり、最低一つは誰もが持っていた。
神より天与される特典は、千差万別。
……それこそ無意味なものまで存在した。
だが神が与えるが故に、ある種の絶対性を特典は持っていた。
よって、例え忌まわしい特典であっても人には特典を消すことは出来ず、そして永久に変質させることは出来ない。
欺瞞や隠ぺい、改竄が出来るステータスとは大違いだ。
ただし俺の特典のように、対特典攻撃が可能な特典も少なからず存在するので、完全な存在とは言えないのだが。
「だから俺ですか? 特典そのものの攻撃力は弱いですよ?」
時に
それらの持ち主達は、文字通り人外の強さを誇る。
普遍的で軽んじられる『力持ち』やら『剣士』だって、持ってない人間からすればそれだけで脅威だ。
ソレを念頭に俺は言ったのだが、彼女は笑う。
「特典のみで何するものぞ。家祖、鳴綱公の特典は『風雨魔法適正』のみ。なれど彼は一国を落とした。初代皇帝の父君は『刃物上手』一本で【龍殺し】よ」
彼女の言葉は真理である。
……特典が強力だろうが、最終的には本人の地力が物を言う。
ただ月夜叉姫は意味深長な言葉を続けて吐く。
「そして特典に飼われ続ける限り、彼らのような『
超人、この文脈では特典を外した人間と言う事だろうか?
月夜叉姫はそう言ってから、俺を見た。
「だが、今代の魔王は特典を持ち、いまだ特典の理の中におる」
……特典のコトワリね。
伝承では特典を外せるものこそ英雄であると伝わる。
嘘か誠か、人類の仇たる龍や悪魔は特典を持たず、特典が効かぬそうだ。
……逆説的に言えばだが、魔王も特典を持つ以上、特典が通るという事なのだろう。
実在が疑問視される超人を探すくらいなら、確実に仕留められる刺客を放った方が確実だろう。だからこそ、俺が選ばれたのだと俺は理解した。
「ソレで俺ですか?」
彼女は邪悪に笑った。
「よって刺客にするなら、お前が最適ぞ? クリストファ」
俺は黙り込むしかなかった。
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