第2話 中堅冒険者、ただしDTである

 万年床で目が覚めた俺は大きく伸びをした。

 寝具はそのまま。

 俺は顔を洗いに、宿の中庭にある井戸へと向かった。


……早朝の副都は快晴だ。井戸周辺も柔らかい光が差してる。 


 手押しポンプで水を汲み、それから顔を俺は洗う。

 カラッとした心地よい風が抜け、冷たい井戸水が顔を冷やす。

 身震いしつつ、顎をさすると昨晩剃刀を当てたばかりなのに、髭がちくりと指先を刺激した。

「………いい朝だ」

 ここは副都にある、冒険者ご用達の宿『妻は悪魔の化身亭』。

 長逗留する冒険者の大半は中堅か、狷介な性質のソロである。

 なお、俺は後者に分類された。


……もっとも、個人的には生活に困っていない。


 俺は手っ取り早く食うために冒険者になったようなものである。

 別段、冒険者家業に愛着を感じてないし、金が出来たら早期のリタイヤも考えていた。

 だから自分からパーティーを組もうともしなかったし、派手な冒険もしない。

 そもそも俺の特典ピークは対魔物向けではない。

 思春期は色々思ったものの、今はそれでよしとしてきた。

「今日はどうするか…」

 そう俺が一人呟いていると、見知った男が同じように近づいて来た。

「おはよさん、『役者』の」

「おはよう、オレガノのおっさん」

 剃り上げた頭に、太い首。

 ぶっとい胴に、丸太のような手足。桶を抱えたラフな姿だ。

 筋肉の鎧を着た、踊り子の冒険者であるオレガノに俺は返事を返す。

「昨晩は遅かったな? 飲みか? それとも?」

 朝から下世話なのはご愛敬。

 俺は苦笑いしながら、答える。

「お貴族様の代役さ。どうしても出ないといけないからって、さ。仮面被ってご令嬢方を回避回避よ、しんどいわ」

「ははは、そりゃ災難」

 俺より力強く、オレガノのおっさんは水を汲む。

「そういや、役者の」

「なんだい? おっさん」

「オメエ、ウチの勇者様の近況って知ってるか?」

 はて、妙な質問だと俺は思った。

「キタキューシューのお方か? 旅立たれて9か月は経たれてないか?」

「ああ、そのチャーシュウ様だ」

 オレガノは半裸になると、ごしごしと体を吹く。

 ついでに行水も済ませるらしい。

 だから桶、か。

「なんでもよお、魔王城近くから動いてないらしい」

「なんでよ? 皇帝陛下から魔王討伐命じられてたじゃん」

「どっこい、それを放棄なさったのでは? って噂が副都っ子の噂よ。飛行艇も動いてないそうだし」

 ふーん。そう思ってると、甲高い声がした。

「ちがうやい! ゆうしゃさまは、まおうをたおすんだ!」

 宿屋の年齢不詳の看板娘の子である、ビー坊であった。

 数えで5~6らしい彼は、掃除の途中だったのか、箒を立てて言う。

「そう、せいけんで!」

「だ、そうだ」

「む! クリストファはさいきょーだからまんしんしてるんだな」

 俺は思い切り苦笑いした。

 確かに俺は最強だと嘯いていた。もっとも「ハマれば」なのだが。

 揶揄を込めてか、オレガノも悪乗りする。

「そうだな、『役者の』、お前はハマれば最強だ」

「おっさん……」

 俺は、苦笑しながら頭を掻いた。


―――俺の名前はクリストファ、姓は無い。


 通称、『役者の』クリストファ。

 演劇が得意なだけの、黒髪猫毛の冒険者である。

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