寵愛争いで罠にかけられ体を入れ替えられました 元の体は婚約破棄だそうですが、また入れ替えられました

藤森かつき

寵愛争いで罠にかけられ体を入れ替えられました

 小国の王は、近隣の四家の上級貴族から若い娘を差しださせた。息子レイヴンのための後宮をつくり、東西南北四つの館に正妻候補として住まわせているが、ていのいい人質だ。

 

 わたしは西の館に住まうアビィナ。ブランジ家より人質として差し出されたが、レイヴンからの寵愛を受け、婚約者となっていた。

 とはいえ、婚約者になっても、実家であるブランジ家が優遇される、というような特典はない。

 

「西のアビィナさまが、婚約破棄されましたぞ」

「めでたい、めでたい!」

「マフメラさま、朗報ですぞ」

 

 西のアビィナが婚約破棄されたと、伝令が回っている。

 侍女たちが騒いでいるが、知らない声ばかりだ。わたしは、ぼんやりと目覚めながら知らない部屋に居ると気づいた。

 

「え? わたし婚約破棄されたの?」

 

 呟いた声は、自分のものではない。東のマフメラのもののようだ。

 どういうこと?

 思考を巡らせるが頭がくらくらしている。

 

 体を入れ替えられてしまった?

 

 茶のほつれ髪が眼にはいり、憂鬱な気分になる。わたし、アビィナの髪は金色だ。

 マフメラの目の色は、なんだったかしら?

 とはいえ鏡を見る気にもならない。

 

 西のアビィナ――わたしの体には、マフメラが入ってるってこと?

 

「マフメラさま、お目覚めですか! なんと、好機が巡って参りましたぞ」

 

 飛び込んできた侍女は、嬉々として告げた。

 東の侍女は、西の侍女より地味目な身支度だ。

 知らない侍女らしきに声をかけられ、わたしはマフメラの姿になっているのだと思い知らされた。

 

 わたしは寝台で上体を起こし、嬉々としながらも丁寧な礼をしている侍女を眺める。マフメラからの言葉を待っているのだろう。

 憑依ではない。この体の持ち主の記憶を読みとることができないから、これは入れ替わりだ。

 魔道や呪術を使うものたちから聞いた生半可な知識が、頭のなかをぐるぐる回る。

 

 アビィナの体にマフメラが入って、それで早々に婚約破棄された、ということのようだ。

 

「ちょっと、ひとりにしてくれる?」

 

 マフメラの声で侍女に命じる。アビィナが婚約破棄されて歓んでいる侍女となど喋っていたくない。侍女は、なぜマフメラが不機嫌か怪訝けげんそうにしながらも即座に退室した。

 

 魂を交換されちゃったの? 戻れるのかな?

 わたしは悶々とし、さすがに暗い気分だ。

 

 しばらくすると、聞き覚えのある足音が響き、後宮の主たるレイヴンが部屋を訪れた。

 豪華な装束、短めの黒い髪。従者は連れず、ひとりだ。扉を閉め、鍵を掛け、寝台で上体を起こしているわたしのほうへと歩み寄ってくる。

 

「捜したぞ、茶猫!」

 

 レイヴンはこちらを見るなり、わたしの愛称を呼んだ。ふたりの間でしか使われない、誰も知らないわたしの愛称だ。レイヴンの金の眼はアビィナである茶猫を見つけて喜びに見開かれている。

 

「まあ! レイヴンさま! どうして、わたしだと分かりましたの?」

 

 応えるものの、マフメラの声と姿になっているのが、心地悪い。体を入れ替えられてしまった衝撃は酷すぎた。悲しんでいいやら、悔しがっていいやら良くわからない。だが、常と変わらないレイヴンの態度に、少しだけ安堵できた。

 

「茶猫は、光輝いて見えるからな。直ぐに気づく」

 

 レイヴンは笑みを向け、わたしの手を取った。マフメラの手を取っているかと思うと、ちょっと腹立たしいが、今は深く考えないようにしよう。

 

 わたしは身体が弱く、レイヴンが訪れる際も寝台から降りずにいることが多い。というか許されていた。

 今、マフメラの丈夫な身体に入ったのだから、快活にしても良いはずなのだが、普段の習性は簡単には変えられない。

 

「誰と入れ替わったか突き止めるのに少し手間取った。許せ」

 

 困惑しているわたしに、レイヴンは落ち着かせるように告げる。

 

「あ、それで婚約破棄なさったのね?」

 

 婚約者のアビィナの中身が入れ替わっていると、気づいて即座に婚約破棄したのだろう。

 

「そうだ。ほんのわずかな刻でも、茶猫以外の者と婚約など耐えられん。わたしは、茶猫であれば姿は問わん」

 

 姿は問わんと言われても、わたしは入れ替わったままは嫌だ。

 それに、家の問題が絡むから、かなり面倒な話になる。

 

「呪術ですか?」

 

 わたしの言葉にレイヴンは頷いた。

 東のマフメラが、そんな術を使う者だったとは意外だ。マフメラの実家、ベナギ家お抱えの呪術師の仕業だろうか?

 

「こんな所業を許すわけにはいかんのでな。人質の分際で」

 

 レイヴンは吐き捨てるように言う。

 わたしも人質ですよ? と、小さく呟いた。

 

「アビィナが婚約破棄されたなら、元に戻すかしら?」

 

 そこにわずかに希望があるように思う。

 

「そうだろうな。お前が入っているこのマフメラの体と婚約にすれば、喜んで元に戻すに違いない」

 

 レイヴンとしてみれば、今は茶猫の魂が入っているからマフメラとの婚約も構わない、ということなのだろう。

 釈然とはしないが、元の体に戻れるなら一縷いちるの望みに賭けたいところだ。

 

「婚約破棄された体に戻りますの? わたし……」

「なに。元にもどれば、即座にマフメラは婚約破棄だ。アビィナと婚約し直す」

 

 そうしたら、また入れ替えられるのではないか? いたちごっこだ。

 

「何度も、婚約破棄を繰り返すことになりますよ?」

「呪術除けの手立ては既に整えた。お前が元に戻ったら、即座に呪術を弾く手筈てはずが整っている。再度の入れ替えはできぬ故、案ずることはない」

 

 二度と魂の入れ替えなどさせぬ上で、マフメラには重い処分を下す、ベナギ家にも相応の報いを受けさせる。レイヴンは、そんな風に言葉を続ける。かなりご立腹のようだ。

 

「呪術の方法、わかりましたの?」

「私の片腕である魔道師が突き止めた。茶猫、お前、何かヘンな味のものを飲まされたろう?」

 

 レイヴンはおとがいに手を触れ、顔を上向かせさせながら瞳を覗き込んでくる。

 確かに、差し出されれば、何でもうっかり飲んでしまう。それは、常にい薬湯を飲まされているせいでもある。

 

「全く記憶がないわ……」

「すぐにマフメラとの婚約を発表する。また、誰かがお前に薬を飲ませるだろう」

「それで戻れますのね?」

 

 すぐにバレるような方法を使うなんて愚かなことだ。

 だが、本来であれば、入れ替わりに気づくことなど難しかったかもしれない。

 その場合、アビィナの体にマフメラが入ったままレイヴンと婚姻し……でも、それでは家とのつながりは保てない気がするのだが?

 

 アビィナの体に入っても、ベナギ家と連絡をとる手段があるということだろうか?

 まさか、マフメラは家のことなどどうでも良くて、レイヴンと添い遂げたいだけかも?

 

 わたしは、ぐるぐると思考を巡らせてみるが、どう考えてもマフメラは軽率な行為をしているとしか思えなかった。

 

 マフメラの侍女たちは、アビィナの婚約破棄を歓んでいるくらいだから、真相は知らなそうだ。

 では、協力している者は誰なのだろう? アビィナの住まう西の館に出入りしていたことになる。

 

 

 

「では、婚約するぞ」

 

 マフメラの体に入ったわたしへと、レイヴンは軽く告げた。

 扉の外に控えていた従者に告げている。ほどなく後宮の主レイヴンがマフメラと婚約したと、伝令が後宮内を駆け巡った。

 

 後宮内のことは後宮内で完結する。レイヴンとしては何度婚約と婚約破棄を繰り返そうと影響はないと考えているのだろう。

 王であるレイヴンの父には、後で事情を説明すれば済む。その際にマフメラの取り調べが行われ、家を含めて処分がくだされるはずだ。

 

 さて、誰が飲み物を飲ませにくるやら。

 

 わたしは溜息まじりに思案する。怪しい者から差し出されたものを飲まねばならないのも気色悪いが、飲まないと戻れない。それで死んだらどうしよう?

 

 でも、死んだら、この体の持ち主が困るだけか。そんなヤバいものは飲ませまい。いや、魂を交換する薬など、充分にヤバい代物だ。

 

 仕方なく、その日はマフメラの体で、しかし婚約者としてのレイヴンと過ごす刻は増えた。

 

 ただ、今回も、いつの間にか飲んでいたらしい。良く分からないまま、わたしは懐かしい部屋に戻っていた。寝台の上にいる。

 少し刻が経ってから、バタバタと駆けてくる聞き覚えのある足音。レイヴンだ。

 

「戻ったな、茶猫」

 

 本当に、一発でわかるらしい。こちらは、まだ頭がぼんやりしているのに、レイヴンは即座に判断できている。

 

「ええ、お陰様で。でも、誰に何を飲まされたのか、分からなかった……」

 

 飲まされたのは、レイヴンが一緒にいるときだったかもしれない。それで油断したわけでもないが、まあ、いつもぼんやりした所があるから、珍しいことではない。

 

「案ずるな。私の魔道師が、霧のようなものを後宮全体に仕掛けていた。すぐに結論はでる」

「取り調べの結果は、教えていただけますの?」

「ある程度は。場合にもよる」

「わかりました」

「取り敢えず、マフメラとの婚約は破棄してきた」

「まあ、なんて手早い」

 

 マフメラは短い間に、二度も婚約破棄されたことになる。

 

「改めて、お前と婚約するぞ?」

 

 わたしはレイヴンと、何度目かの婚約だ。「はい」と、笑みを向けて応える。やはり自分の体で、レイヴンに手を取られると、安堵感が大きい。寝台の上に座ったまま、立っているレイヴンへと視線を向ける。いつもの視界だ。薄茶の瞳がレイヴンを見詰めているに違いない。

 

「当分の間、これをまとえ」

 

 レイヴンはそう言うと、とても美しい透かし模様の薄い肩掛けのような物を、わたしに羽織らせた。

 呪術を弾く、と言っていたものだろう。これを掛けていれば、へんな味のものを飲まされても大丈夫なのだろうか? きっとそうだ。

 

 

 

 あっという間に、首謀者は捕まった。マフメラの侍女のひとりとして、呪術師が入り込んでいたとのことだ。

 侍女は、後宮のために国が用意している。人質を差し出す各家が用意などできないのだが、呪術的な手段を駆使して潜り込んだらしい。

 

 マフメラの希望を叶えたいベナギ家が画策したと、呪術師は白状したそうだ。

 

 寵愛を受けているアビィナに成り代わり、家との問題は、後宮内の情報を混乱させることでなんとか、ごり押しする予定だったようだが、意外にお粗末だ。

 マフメラは瞬間的にすら婚約者になれず、実家に戻される。後宮へは別の娘を差し出させるようだ。

 

「随分と寛大な措置ですのね」

 

 ほとんど内々に事は処理された。ただ、呪術師は後宮の外、国のほうの堅牢に魔道の封印を掛けて収監されている。極秘裏に処刑される可能性が高いようだ。

 

「事を荒立てれば茶猫の汚点になる可能性があるからな。だが穏便とはいえ、家に対する処罰はキツいものだ。税率が上がる。新たな人質は冷遇だ。後宮に住まわせはするが完全に人質としてのみ扱う」

 

 レイヴンは静かに怒っている。後のほうは声が異様に冷たかった。

 

「どのような差があるのか、わかりませんが」

「私が渡らない」

「今だって、北の館や南の館にはお出かけにならないのでは? 東もでしたし」

「それもそうだな。だが、まあ、侍女も少なく使える部屋数も限られる。幽閉に近いな」

「わたしとしては、元に戻れて本当に安堵です」

 

 他人の体は懲り懲りですと、小さく呟き足した。体が弱かろうが、このアビィナの体が良い。健康だとて、他の者の体では喜びはなかった。レイヴンはわたしの魂ごと気に入ってくれているようだが、この体でこその、わたしでありたい。

 

「茶猫には、必ず良く効く薬を調達しよう。待っていてくれ」

 

 レイヴンは、常に気づかいしてくれる。魔道師に命じて薬のたぐいを捜させているらしい。破格の待遇だ。

 

「それに、西の護りは固くした。今後は、些細な事件も起こらぬはずだ」

 

 レイヴンも事件が片づいて安堵しているようだった。レイヴンの片腕である魔道師が、随分と活躍しているらしい。

 

 お陰で、特に違和感もなく日々の暮らしができるようになった。

 レイヴンに掛けてもらった呪術を弾く薄物は、安全になっても、ずっと愛用している。その効果のお陰か、ちょっと体調も良い。

 

 ついうっかり、差し出されたものを飲んでしまうから、きっと用心のためにも良いだろう。

 

 

 今日も夕刻にレイヴンが訪ねてくる。

 侍女たちが、せっせと身支度を整えてくれていた。

 

 

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寵愛争いで罠にかけられ体を入れ替えられました 元の体は婚約破棄だそうですが、また入れ替えられました 藤森かつき @KatsukiFujimori

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