殲滅戦は塹壕以上の泥沼

 ユールス共和国軍は兵力の一点集中で強引に戦線を食い破ると、アーラスト帝国国土へと侵攻を開始した。


 四輪装甲車やトラックを最大限駆使して、敗走する部隊を殲滅しつつ前進し、ついにアーラスト帝国首都トーアに、30㎞もの距離まで肉薄した。


 アーラスト帝国軍首都を守る近衛師団は、各地から敗走してきた部隊をまとめて防衛線を構築、突撃してくる敵歩兵を迎え撃った。




 首都郊外の市街地は、続く戦闘で廃墟と化していた。


 石畳のあちこちに砲撃の跡が見られ、建物も無傷で残る物の方が少ない。


 俺はレンガ壁の隅に身を隠しながら、ボルトアクション・ライフルを構えて、引き金を引く。建物の二階に設置された重機関銃が、発砲を止めた。


 操作していた敵機関銃手が、窓枠にもたれかかるように事切れる。弾丸に穿たれた後の残るヘルメットが、地面に落ちた。


 弾幕が消えた大通りを、味方歩兵がライフルを構えて前進していく。


 俺は、ボルト操作で薬室に残る薬莢を弾き飛ばし、次弾を薬室へ送り込むと、突撃していく味方兵士達の背中に続いて、前進を開始した。


 石畳に設置された土嚢に囲まれた敵野砲が火を噴き、前方を進んでいた歩兵数名を吹き飛ばす。


 俺は、慌てて破壊された建物の陰に隠れると、手榴弾のピンを抜いて、投げた。


 投げた手榴弾は敵野砲の真下に転がり込んで、操作する敵兵を吹き飛ばす。ついでに発生した火炎が、積み上げられた砲弾に誘爆して、辺りに展開していた敵歩兵をまとめて吹き飛ばした。


 轟音が鼓膜を殴り、通りを駆け抜けた爆風が俺の頬を撫でる。


 味方装輪装甲車が、障害物の消えた通りを前進し、砲塔に搭載した機関砲で建物の中に隠れる敵歩兵を蹂躙していく。


 敵軍の大攻勢から三ヶ月。アーラスト帝国軍は、大攻勢で生じた敵の突出部を横から攻撃し、首都の防衛線と合わせて50万もの敵を包囲することに成功した。


 今は、包囲した敵部隊の殲滅作戦を行っている最中だ。


 包囲で、元々貧弱だった補給ルートを完全に失った敵歩兵は、すでに武器も食料も足りておらず、順調に数を減らしている。


 それと同時に、大攻勢の兵力を捻出するために弱体化した敵防衛線を、アーラスト帝国歩兵部隊が突破して、敵国本土へと攻撃を開始した。


 ユールス共和国軍は徴兵した国民に粗悪な銃を持たせて抵抗を続けているが、各地で包囲され、次々と投降しているそうだ。


 すでに、アーラスト帝国の勝利は近い。


 ふと、氷真のことが頭に浮かんだ。


 氷真は、どうするつもりなのだろうか。まだ勝利を諦めていないのか、それとも敗戦後の身の振り方を考えているのか。


 まあ、どちらを取るにしても、氷真なら大丈夫だろう。


 俺は、決死の銃剣突撃をしてきた敵歩兵を、素早く射殺した。今は、自分のことに専念するべきだ。


 しかし、いくら物資不足でも50万という数は膨大だ。


 ここは市街地が近いため、毒ガス攻撃で一網打尽にすることもできない。


 撃破された敵味方両方の軍用車両が、あちこちで炎を上げている。


 数名の敵歩兵が、銃を置いて両手を上げた。


 どうやら、投降するつもりのようだ。俺は、近くの味方歩兵に合図した。


 数名の歩兵が敵兵に素早く近づくと、手慣れた動きで目隠しをして両手を縛った。そのまま、拘束された敵兵を引き連れて後退していく。


 武装解除と後送は、こちらの兵力を割かねばならないし、手間だ。


 その場で射殺してしまった方が楽だが、まあ戦時国際法を破るような行為を取ると国際的信用を失うので、ちゃんと捕虜にする。


 先の見えない掃討戦に、俺は辟易としていた。





 その日の夜、俺が駐屯する、首都近郊の野原に設置された歩兵陣地は、ずいぶんと騒がしいことになっていた。


 塹壕内を武器を持った歩兵が駆け回り、伝令が各小隊本部に情報を伝えていく。


 同じ小隊の仲間に聞いたところ、工場跡に設置された敵軍の最高司令部を奇襲攻撃するという作戦の実行命令が、たった今発令されたそうだ。


 作戦の実行日は今夜。


 まあ、末端の兵士が知っているようなことは敵国のスパイも知っているというのはよく聞く話だ。国防省の安全な参謀本部で、内密に作成された計画なのだろう。


 そして、いきなり登場した綿密な計画に、兵士達が大慌てて準備をしているといった所か。


 ちょっと前から大規模な作戦が行われる予兆はあり、目立たない程度に部隊の移動なんかが行われてはいたが。それでも忙しくなるのは当然か。


 まあ、俺の所属する部隊が出動しないのなら、俺には関係が無い。


 そう思っていた俺の耳に、俺の所属する第320歩兵連隊も作戦に参加するという命令が、飛び込んできた。


 ふざけるなよ。


 そして俺は、昼間の戦闘の疲れを癒す間もなく、再び戦闘に戻る羽目になった。

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