戦争は、ろくな結果をもたらさない

 ユールス共和国が、俺の母国であるアーラスト帝国に宣戦布告してから、すでに4年の月日が経過した。


 開戦後すぐに始まった砲撃で、国境付近の町々はあっという間に破壊され、まき散らされた毒ガスは、自然豊かな大森林を不毛の地へと変えた。


 前線に派遣された兵士達は、飛び交う弾丸や砲弾から身を守るために、長い縦穴、いわゆる塹壕を掘り、そこで生活するようになった。


 塹壕には野戦砲や重機関銃が並べられ、時間が経てば経つほど前線の突破は難しくなり、戦況は徐々に膠着していった。


 そうして今に至る。


 だが、一見すると両国共に不利でも有利でも無いように見える戦局は、実はすでにアーラスト帝国に傾きつつあった。


 ユールス共和国軍の当初の振興計画では、短期決戦で戦果を挙げ、国境付近の土地を奪う予定だった。


 だがアーラスト帝国軍は、欲をかいて敵領土へと進むことをせず、堅実な防御陣地を築いて、領土が奪われることを防いだ。


 国力で劣るユールス共和国は、長く続く戦争で、徐々に物資が不足し始めていて、戦線はすでに崩壊寸前だった。


 投票で選ばれた議員たちによる会議の結果、ユールス共和国軍は、全軍でアーラスト帝国軍へと大規模攻勢を仕掛け、起死回生を図ることを決定した。


 それが破滅への道と知らずに。




 深夜、撃ち上げられた照明弾が、夜闇に紛れて迫り来る敵兵の姿を明るみに出す。


 それと同時に、塹壕に据え付けられた重機関銃が火を噴き、突撃してくる敵歩兵を次々となぎ倒し始めた。


「敵歩兵部隊接近!総員、戦闘用意!」


 俺は指揮官の絶叫に叩き起こされ、ヘルメットを被ることから始まる最悪のモーニングルーティーンをこなすと、塹壕のなかに身を隠したままライフルを構えた。


 突撃してきた敵軍の装輪装甲車は、塹壕内の野砲に吹き飛ばされる。


 敵歩兵の射撃が、重機関銃を操作していた歩兵の心臓を穿つも、すぐ近くにいた歩兵が死体を強引にどかして、射撃を再開した。


 敵砲兵陣地からの砲弾が、塹壕のあちこちで驟雨のように降り注ぐ。


 コンクリート製の頑丈なトーチカが崩され、中の歩兵は吹き飛ばされた。


 敵歩兵部隊の突撃が激しい。普段とは桁が違う。俺は、引き金を引いて敵歩兵の一人を射殺し、ボルト操作で排夾、装填すると、次の敵を探す。


 硝煙と血の香りが、徐々に濃くなっていく。


 一部の新兵は、がむしゃらに突っ込んでくる敵兵に対しパニックになって、支離滅裂なことを叫んでいる。


 殺す以上に突撃してくるため、殺しても殺してもキリが無い。


 火炎放射器の炎が遠くに見える。どうやら、敵火炎放射兵の肉薄攻撃を受けた陣地があるようだ。


 生きたまま焼かれる兵士の咆哮が響き、徐々に消えていく。


 俺はタンクを背負って走っている敵火炎放射兵に狙いを定め、引き金を引いた。


 燃料の入ったタンクを、高温の弾丸が通り抜ける。


 敵火炎放射兵は、周囲の兵士を巻き込んで四散爆発した。


 火炎放射兵の攻撃力はすさまじいが、可燃性の燃料を背負って戦っているので、一発でも被弾すると、このように悲惨な死に方をする羽目になる。


 それにしても、敵兵一人殺している間に、三人前進してくる。


 すぐ近くの機関銃手が、敵狙撃手に頭を吹き飛ばされて倒れた。


 敵へと張られていた濃密な弾幕が、消える。ここぞとばかりに、敵兵士が突撃してきた。周囲の兵士は射撃に必死で、弾幕が消えたことに気付いていない。


 水冷却式の60㎏を越える重い重機関銃は、一分間で500もの弾丸をばらまくことができる。これが無くなるのはかなりの痛手だ。


 使わせてもらうか。


 俺はライフルを負い革で背負うと、重機関銃へと近づく。


 持ち手を握って、後部に取り付けられた押し込み式の引き金を押した。

 

 重い発砲音と共に、突撃してくる敵歩兵が、大量の鉛玉を受けてバタバタと斃れていく。

 

 俺は銃口をゆっくりと動かして弾幕を張り、突撃してくる敵歩兵を薙ぎ払った。

 

 相手に氷真がいるかもしれないとか、もう考えている余裕はない。俺は、ひたすら敵へと射撃を続けた。


 だが、俺の交戦は長く続かなかった。


 榴弾が空を切る音が響く。敵の砲撃か。


 次の瞬間、俺の体は爆発に吹き飛ばされ、空を舞っていた。


 そのまま塹壕から弾き出され、地面に叩き付けられる。


 神経という神経が悲鳴を上げ、息が詰まる。榴弾が至近距離に着弾したようだ。全く運が悪い。


 いや、もっと近くで食らっていたら死んでたから、ラッキーだともいえるか。


 そんな悠長なことを考えている俺の霞む視界に、近づいてくる敵歩兵が映った。


 これは殺されたな。流石にいまから這って逃げても、意味がない。


 敵歩兵は素早く俺に近づくと、ライフルの銃口を突き付けた。


「無様だね、ファルアス君。今、どんな気分?」


 人を小馬鹿にするような声が、俺の鼓膜を揺らした。


「ああ。嬉しいよ。まさか、また会えるとはな」


 俺は激痛が走る四肢を強引に動かして立ち上がると、銃剣を取り付けたライフルを構える。


 この距離なら、スコップより銃剣を付けたライフルの方が強い。


「全く。さっき爆発で吹き飛ばされた人間とは思えないね。まあいいや」


 氷真は、着剣されたライフルを俺に向けた。練り上げられ、鋭く研ぎ澄まされた綺麗な殺気が、俺へとまっすぐに向けられる。


 先手必勝。俺は氷真の間合いへと踏み込み、喉元へ銃剣を突き出した。氷真は首を捻ってその突きを避けると、ライフルの銃身で切っ先を流す。


 木製の銃身が、ぶつかり合う。


 そのまま、互いに銃身で押し合う鍔迫り合いのような状態になった。


 俺の技は、まだまだ氷真にとても及ばない。だが、力づくの押し合いなら、男性の体格を生かして、勝つことができるかもしれない。


「ふうん。だけど、そんな簡単に勝てると思われたら困るな」


 どうやら氷真は、俺の戦術をもう読んでしまったようだ。さて、その上でどう出るのか。命のやり取りに心が躍る。


 氷真は、少し力を入れる場所を変えた。


 体の重心が、ずらされる。


 俺は、素早く地面を蹴って氷真の間合いから離れ、転倒することを防いだ。彼女の前で倒れたら、俺の心臓に銃剣が突き刺さることは確実だ。


「いい判断だね。君は本当にボクを楽しませてくれる」


 氷真は、愉快そうに笑った。


 先手は取ったのに、完全に手のひらの上で踊らされている。


 だが、悪い気はしない。むしろ楽しい。殺し合いに対して抱く感想としては、間違っているかもしれないが。


 まあいいか。


 今度は、氷真から間合いを詰めてきた。


 俺は銃身を横に構えて、振り下ろされたライフルを受け止める。


 そこまで強い打撃ではないのに、何故か体の軸がずらされる。


 なぜここまで見事に体に銃身をずらせるのか、全く分からない。手首の扱いが上手いのか、足さばきか、それとも他の何かか。


 俺程度の技術では、皆目見当もつかない。


 この場で真似をするのは無理だが、戦争が終わったら教えて欲しいものだ。


 戦争が終わったらか。その時まで、俺は生きているのだろうか。


「考え事している余裕なんてあるの?」


 氷真が笑う。俺の視界が、激しく揺れた。


 気付けば、俺は地面に倒れていた。何をされたのか全く分からない。


 俺の喉元に、銃剣が突き付けられた。


「またボクの勝ちだね」


「お前に勝てる人間が、そうそういてたまるか」


 俺は、思わずそうこぼした。


「君は、いい線行っているんだけどな」


 氷真は、俺に突きつけたライフルを逸らすと、俺に手を差し出してきた。


「まあ、一万回やれば一回ぐらいは勝てるかな」


 俺はそう言いながら氷真の手を掴んで、起き上がる。


 周囲では爆音と兵士の悲鳴が響き、スコップで肉を砕き合っている。


 そんな中、俺と氷真は穏やかに会話を交わしていた。


 だが、そんな時間はすぐに終わりを告げる。


「ファルアス君。早く逃げないと取り残されるよ」


 俺は、ふと周囲を見回す。敵歩兵はかなり浸透してきていて、味方歩兵はライフルやスコップで抵抗していたが、徐々に数を減らしていた。


 大声で撤退命令を叫ぶ指揮官が、狙撃手に頭を撃ち抜かれて倒れる。


 確かに、俺も撤退しなければ。


「次に会う時は地獄かもな」


「君と一緒なら構わないよ。地獄でも」


 氷真は、俺の皮肉に少し笑いながら、そう言った。俺も、少し笑った。


 俺は氷真に背を向けて負い革で銃を背負い直すと、味方が撤退した方角へと走り出した。よく考えてみたら、この戦場も地獄みたいなものか。

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