第40話

公立校の合否は、卒業式のあとで発表された。

俺と舞雪は北高に合格。大地は西高に受かって、斜森さんは一足先に、デザイン系の私立に決まっていた。俺たちのグループでは、美雨だけが志望校に受からなかった。

みんなで学校へ報告に行ったときには、美雨も気丈に振舞っていたが、二人になると途端に涙ぐんで、気持ちがあふれたみたいに泣いてしまった。


「第二志望には通ったんだからさ」

「でも、……でも、中沢くんと同じ高校がよかった」


舞雪と三人でした自己採点では、美雨の答案が最も高得点だった。面接でも大きな失敗はなかったようだし、気の毒だけど、やっぱり授業の欠席が響いたのだろう。


「学校はべつでも、家が離れるわけじゃないし」

「高校生になっても会ってくれる?」

美雨は潤んだ目で俺を見つめた。

「当たり前だよ。だからそんなに気を落とさないで。それにほら、まだ卒業旅行が残ってるし」

「そうだね、ありがとう」

美雨は涙を拭って、にっこりと笑った。


冷たい風がやわらかくなって、少しずつ春めいてきた三月の中旬に、俺たちは五人で東京へ出かけた。前回のメンバーに美雨を加えた、修学旅行のやり直しだ。こまごまとしたルールもうるさい引率もいない、自由で気ままな卒業旅行。


移動手段には高速バスも考えていたが、美雨の体力を考えて新幹線を選んだ。直前まで落ち込んでいた美雨も、当日は嘘みたいにご機嫌で、「新幹線なんて久しぶりだなー」と嬉しそうにポッキーをかじっていた。少しだけ気がかりだったのは、いつも以上に楽しそうなその素振りが、空元気みたいに感じられて……。

東京に着くと、まずはホテルのフロントに荷物を預けて、直通のバスに乗って夢の国へ向かった。


「美雨、体調は平気そう?」

舞雪は後ろの座席から、俺の隣に座る美雨に尋ねた。

「うん、まだ平気。ありがとね」

美雨は舞雪の指を握って、頷きながら小さく笑った。

「そう、無理しないでね。なんかあったらいつでも言ってよ」


何気ないやりとり。その短い会話から、二人の気の置けない間柄や、信頼関係が伝わってくる。この二人は、幼いころはどんな友達だったのだろう。舞雪も美雨も、俺のよく知る友達なのに、そんな二人に知らない過去があると思うと、なんだか不思議な気分だった。


夢の国に着くと、俺たちは気分上々で橋を渡って、チケットを買ってゲートを越えた。修学旅行のときには、ランドのほうで遊んだのだが、今回は美雨の気遣い(?)から、シーのほうに入園した。


賑やかなおもちゃ箱みたいなランドと比べて、こちらは地中海の街並のような景観で、まるで海外旅行にでも来たみたいだった。大型のコースターを乗り倒し、キャラクターを模した料理を食べて、夜になると、息を呑むほど壮大なショーに目を奪われた。

 

ホテルに戻ると、売店で夕食を買い込んで、一つの部屋に集まってわいわい食べた。美雨はいちばんにシャワーを浴びると、俺たちがトランプをしている横で、寝仕度を整えて眠りはじめた。


「うるさくない?」

「隣の部屋に移ろうか?」

舞雪と大地が美雨に訊くと、

「大丈夫。みんながよければ、ここにいてほしいな。眠っちゃうまで、みんなの声を聞いてたいから」

彼女は目を瞑ったまま言って、布団のなかの俺の膝に、寄り添うようにそっと触れた。いくらみんなからは見えないとは言え……、間接照明や白いシーツの大人なムードと、女の子特有のやわらかい感触に、嫌でも気持ちが高ぶっていく。


「あれ、美雨ちゃんはもう寝ちゃった?」

風呂あがりの斜森さんが、バスルームから戻ってきた。ラフなショートパンツから覗く綺麗な足に、思わず視線が吸い込まれる。

「ちょっと二人とも見過ぎよ」

舞雪は俺と大地を睨みつけた。


「わ、わりい」

「なんだか新鮮だなって思って」と俺は言った。

「たしかに、向陽にしては大胆かも」

「まあ部屋着だからねえ」


斜森さんは冷蔵庫をあけて、ペットボトルの水を飲んだ。白い喉がゴクゴクと動く。何気ない行動なのに、なんとも言えず絵になる眺めで、まるでテレビCMのようだった。口元を拭った斜森さんが、ベッドにあがって横座りする。


「そう言うユキだって、屈むたびに谷間が見えちゃってるよ? さっきから目の前の中沢くんが、顔を真っ赤にして目を泳がせてる」

斜森さんは俺のほうを見てくすくすと笑った。

美雨が布団のなかで、俺の脚をぎゅっとつねる。


「痛っ」

「なんだ、勃ってきたか?」

「おい大地、女子もいるんだぞ」

「あらいいのよ、私もわかってて見せてるんだから」

「おお! じゃあ遠慮なく!」

大地が舞雪の正面に回り込むと、

「あんたはダメ!」

舞雪は肩を抱いて胸元を隠した。


「なんだよ、つれないなあ。パン食おパン!」

大地が自棄くそになってパンをかじると、舞雪と斜森さんは、あはははは、と可笑しそうに笑った。

「男子ってほんとに馬鹿ね」

「えー? ちょっと可愛いけどな」


それから日付が変わるまで話し込んで、結局、眠りについたのは、二時近くになってからだった。朝になると、俺と美雨を除いた三人は、そそくさと準備をして観光へ出かけた。俺は美雨のいる部屋に移るついでに、廊下まで三人を見送った。


「二人きりだからって、変な気を起こすんじゃないわよ」

エレベーターホールの前から、舞雪がこちらを振り返って言った。

「中沢くんに限って、そんなことはないでしょう」

「どうかしら? 颯太はこう見えてムッツリだから」

「ゴムなら売店に置いてあったぞ」

「うるさい!」

俺は三人に向かって叫んだ。「美雨に聞こえるだろ」


あはははは、と三人は笑って、そのまま、いってきまーす、と到着したエレベーターに乗り込んだ。

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