第33話
二日目は朝からバイキングだった。
昨夜と同じ会場に、色とりどりの料理が並んでいる。ふわふわのオムレツに、こんがり焼かれたウィンナー、温泉玉子に、海苔や納豆、オレンジやメロンなどのフルーツもある。
「おはよう」
フロアに舞雪の姿を見つけて後ろから肩を叩くと、
「きゃっ」
彼女はなぜか体をびくつかせて、顔を真っ赤にして振り返った。何か言いたげなジト目を向けられ、昨日のことを思い出す。なんだか俺のほうも、急に恥ずかしくなってきた。
「わ、わるい、驚かせた?」
「べつに」
「スマホありがとう。ちゃんと充電しといたから」
「美雨とは話せたの?」
舞雪は俺の手からスマホを受け取って、白いパーカーのポケットに入れた。
「おかげさまで」
「楽しかった?」
「かなり」
「ふーん」
舞雪は唇を尖らせてそっぽを向いた。
「なに怒ってるんだよ」
「怒ってない」
なぜか不機嫌そうな舞雪に戸惑っていると、
「おーい、颯太!」
「こっちこっちー」
先に来ていた大地と斜森さんが、テーブル席から俺たちに手を振った。俺と舞雪も席に加わって、思い思いの料理を楽しんだ。自由席で賑やかに朝食をとる同級生たちは、まだラフな部屋着姿だったり、すでにばっちりキメていたり……、なんだか知らない一面が垣間見える気がして、眺めているだけで飽きなかった。
時間になると、ホテルのロビーからバスに乗って、舞浜にある夢の国へ向かった。ガイドさんにのせられて、お調子者の生徒たちがマイクを握り、車内のムードは最高潮! みんなで熱唱しながら、そのまま夢の国へ突入した。
俺たちは班に分かれてゲートを抜けると、さっそくパーク内を回りはじめた。海賊のいる入り江を冒険し、亡霊たちの住む豪邸を探検して、廃鉱の暴走列車に乗って悲鳴をあげた。修学旅行中は私服での行動が許されていたのだが、舞雪と斜森さんはなぜか持参した制服を着崩して、お揃いの耳をつけていた。
夜になると、パークの景色は様変わりして、こがね色に煌めく大人っぽい世界になった。俺たちは人だかりに加わって、幻想的なパレードを見た。楽しげな音楽に、眩い光、隣には気心の知れた友達――。特別な気持ちが胸にこみあげると同時に、ここに美雨がいないことがどうしようもなく切なく思えて、俺は鞄からカメラを取り出した。せめてこの瞬間を閉じ込めておこうと思ったのだが――、フィルムは残っていなかった。
「舞雪、ちょっとスマホ貸して」
「ごめん、もう電池きれちゃって」
「絵に描いたらいいんじゃない?」斜森さんが言った。
「そうね、写真は向陽に任せて、颯太は目に焼きつけといたら?」
「それもそうだな」
どのみちこの特別な気持ちは、写真に残すことはできないだろう。そんな思いを伝えるために、俺は絵を描きはじめたのではなかったか。
夢中でパレードを眺めていると、ふいに舞雪に袖を引かれた。
「どうした?」
喧騒のなかで首をかしげる。
舞雪は鼻先に指を当てて、しー、と俺に合図した。
大地と斜森さんは心を奪われたように、手を振るキャラクターを見つめている。俺は舞雪に腕を引かれて、こっそり群衆を抜け出した。
「どうしたんだよ?」
俺は人の流れに逆行する舞雪に訊いた。
「なんとなくわかるでしょう?」
「まったく」
「本当に鈍いわねえ」
舞雪はなぜか怒るように言って、ずんずんとシンデレラ城のほうへ向かっていった。お城は青い光に照らし出されて、夜の闇に幻想的に浮かんでいる。ふもとの広場ではたくさんの人が記念撮影をしたり、SNS用の動画を撮影したりしていた。
「ここまで来ればもうわかった?」
「なんだろう?」
「本気で言ってる?」
「え、うん」
曖昧に頷くと、舞雪はムッと頬を膨らませて、俺を後ろへ突き飛ばした。ふらっと後方へよろけると同時に、彼女は俺の胸に飛び込んで、顔をうずめるように抱きついてきた。
「あんまりいじめないでよね。告白よ。颯太のことが好きだって言ってるの!」
「舞雪?」
「颯太の気持ちを聞かせて。こたえてくれるまで離れないから」
舞雪はだだっ子のように、俺の胸のなかで言った。
「俺も舞雪のことは好きだよ」
「友達として?」
「自分でもよくわからないんだ」
「美雨のことは?」
「え?」
「美雨のことが好きなんでしょう?」
「どうしてそんなこと言うの?」
「わかるもの」
俺はなんて言っていいかわからずに、力なく舞雪の体を抱いていた。
「ごめんね、困らせちゃったかしら?」
と舞雪は冗談めかして、俺の胸から離れた。目の端にほんのり涙が光っていて、思わず胸が苦しくなる。
「もう少し時間をもらってもいいかな?」
俺は舞雪の目を見つめて言った。
「ええ、もちろんよ」
「このところいろんなことがあって、自分でも整理ができてないんだ」
俺は三年になってからのほんの数か月のことを思った。別室で美雨と出会ったこと、斜森さんと買い物へ出かけたこと、急に縮まった舞雪との距離……。
「気持ちがはっきりしたら、面と向かって舞雪にも伝える。絶対にうやむやにしたりしないから。それまで少し待ってくれる?」
「わかったわ」
舞雪は白い歯を見せてにかっと笑った。「そのかわり、私はもう遠慮しないから」
「え?」
「だって、私はもう気持ちを伝えたのよ? だから美雨に負けないように、返事をもらえるまでアピールしないと」
舞雪は俺の手を握りしめて、大地と斜森さんのもとへ戻りはじめた。
「おい、みんな園内にいるんだぞ?」
「見られたら困るのかしら?」
「恥ずかしいだろ」
「私が彼女だと恥ずかしいの?」
「そうじゃなくて」
俺があたふたしていると、舞雪は、あはははは、と声をあげて笑った。
繋いだ手をさらっとほどいて、ほんと可愛いなあ、と俺の頭を撫でた。
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