第30話
付け焼刃の勉強では、さすがに上位に食い込むのは不可能だった。
常に上位を飾る生徒たちは、日頃からコツコツやっているのだ。俺が今さら頑張ったところで、簡単に覆せるものではない。
当然、スマホを買ってもらうことはできず、修学旅行には、インスタントカメラを持参することになった。問題の美雨との電話は、舞雪のスマホを借りることにした。ホテルの部屋は男女ごとにフロアがわかれているので、無事に消灯後に落ちあえるのか、微妙なところではあるけれど。
そんな不安を抱えながらも、ついに迎えた修学旅行当日、俺はいつもより少し早く目を覚ますと、妹の用意してくれた朝食を食べて、バックを持って駅に向かった。着替えなどを入れた大きな荷物は、すでに教師に点検され、宿泊先のホテルに送られていた。
「よう、颯太」
「遅かったわね」
「寝坊したのかと思っちゃった」
駅に着くなり、大地と舞雪と斜森さんが俺を迎えた。ロータリーは祭りの会場みたいに華やいでいて、まだ地元にいるうちから盛りあがっていた。
俺たちは班ごとに整列すると、なぜか高圧的な教師の話を聞いて電車に乗った。総合駅で新幹線に乗り換えて、そのまま一気に東京へ向かう。新幹線に乗るのは、べつにはじめてではなかったけれど、ほとんど貸し切り状態の車内は、まるで教室ごと東京に走っているみたいで楽しかった。
東京に着くと、さっそく四人で集まって自由行動をはじめた。
「う~ん!」
舞雪は俺の横で指を組むと、大きく上に伸びをした。豊かな胸が強調されて、思わずどきっとさせられる。短い袖から腋も覗いて、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
「なによ、そんなにセクシーだった?」
舞雪は誘うような目で俺に言った。
「なっ、お前わかっててやってるだろ!」
「べつに~」
「こんにゃろ」
「こらこら、こんなところでケンカしない」
斜森さんに背中を押されて、改札へ続く階段を進む。
ガハハハ、と大地が大きな声で笑った。みんなで勉強会をしたあの日、大地は舞雪に告白してフラれたらしい。が、今ではすっかり吹っ切れたみたいだ。二人が変わらず一緒にいるのを見ると、俺も勝手ながら和んでしまう。
俺たちはそれから、水族館でマンボーを見たり、浅草でおみくじを引いたり、テレビ局で芸能人の人形と記念撮影をしたり、時間の許す限り東京を満喫した。スマホやデジカメと違って、使い捨てカメラのフィルムの枚数は限られているのに……、ついつい夢中になって、明日のことも忘れてシャッターを切ってしまった。どこかで買い足すにしても予算は限られているし、果たして帰りまでもつだろうか?
夜はホテルの会場で、テーブルマナーの講習を受けた。こまごまとしたマナーを学びながらも、ジンジャーエールで酔ったふりをして騒いでいると、案の定、先生たちに怒られてしまった。
「修学旅行なんだから、あんまり怖い顔しないでくださいよう~」
斜森さんがしなを作るように見上げると、普段は仏頂面の生徒指導教諭が、困り顔でモゴモゴ呟きながら立ち去っていった。普段はあんなに偉そうにしているのに、たぶん彼も学生のころは、彼女みたいなタイプがあまり得意ではなかったのだろう。
斜森さんは口下手なわりに親切で優しい女の子だけれど、明るい髪とファッションのせいか、よく知らないとやっぱり不良っぽく見える。
「やるなあ」
大地は感心したように斜森さんに言った。
「さすが不良」
「ちょっとユキ! 私は不良じゃないって!」
「先生は怖くないの?」
男の人は苦手だったのでは、と思って訊いてみると、
「おじさんは大丈夫なんだ。苦手なのは同世代の男の子だけ」
斜森さんはため息まじりにグラスを回した。その仕草が妙に大人っぽくて、俺たちも真似をせずにはいられなかった。
食事が済むと部屋に移って、つかの間の自由時間を謳歌した。俺と大地は二人きりの部屋で、進路のこととか将来のこととか、柄にもなく真面目なことを語り合った。もっともビジョンは不鮮明で、たった数か月先のことが、ぼんやりとも見えなかった。俺たちはいったい、どんな高校生になるのだろう?
「そろそろじゃないか?」大地がベッドサイドの時計を見つめて言う。
「おう、行ってくるわ」と俺はベッドを降りた。
「なあ、颯太は結局、舞雪より山下さんなのか?」
「べつにそういうのじゃないから」
「舞雪はそうは思ってねえかもよ?」
「舞雪が何か言ってたの?」
「さあな」大地は意味深げに微笑んだ。「早く行けよ」
「気になるなあ」
俺はぼやきながら部屋を出た。
予定では二十一時に班長会議が終わり、各班の班長が部屋へ引きあげる。このタイミングなら、生徒が部屋の外にいても不審ではない。その隙に素早く舞雪の部屋へ行って、彼女からスマホを借りてくる。それが美雨に電話するために、俺が考えたプランだった。
青い絨毯の廊下を進み、エレベーターを素通りして、人気のない階段から女子部屋のフロアへおりる。みんな部屋に戻ったあとなのか、通路に生徒の姿はない。ただ黄色い声と甘い匂いが、フロア全体に満ちみちている。女の子たちの華やかな気配が、扉越しにも伝わってくるようだ。
舞雪と斜森さんの部屋には、計画通りドアストッパーがかかっていた。
「……舞雪?」
隙間から小さな声で呼びかけると、
「遅かったじゃない」
舞雪が顔を覗かせて、俺をなかへ引き入れた。やわらかそうなショートパンツに、白いタンクトップ。露出された眩しい肌に、はっと顔が熱くなる。
「どうして目を逸らすのよ?」
「べつに。斜森さんは?」
「シャワー浴びてる。だから今は、何をしても気づかれないわよ?」
「からかうなって」
「ねえ、一つ訊きたいんだけど」
舞雪は急に真面目な顔で俺を見つめた。何かを言い淀むように、口をもごもごと動かしている。いつも歯切れのいい彼女には珍しい仕草だった。
「……なんだよ」
「颯太はさ、私のことどう思ってる?」
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