第15話
今日の山下さんは、内気な文科系の感じだった。校則通りに制服を着込んで、黒縁の眼鏡をかけている。俺はもう描かないよ、と言っているのに、彼女は勝手に道具を並べて、
「よかったら一緒に」
なんて言ってくる。相談室のローテーブルには、『ウルトラセブン』に登場するキングジョーのフィギアが置いてあった。ロボットなのか怪獣なのか、いまいちはっきりしない不思議なキャラだ。古いラジカセみたいな哀愁もあって、題材としてはかなり面白い。
まあ、少しならいいか……。
俺は欲にかられて鉛筆を拾った。
「おや、二人でデッサン?」
ナツキちゃんがやってきて、机にお茶を置いてくれた。
「そだよ、ありがとう」
「山下さんが描けって言うんです」
「べつに強要はしてないよー」
山下さんは澄ました顔で言った。この人はあるときはギャルみたいだったり、内気な感じだったり、サバサバ系のサブカル女子だったりする。他にもいくつかタイプがあって、こないだは制服のスカートにバンティとチョーカーを合わせた、かなりロックな格好をしていた。前に舞雪が言っていた通り、会うたびにころころと印象が変わって、たしかに混乱はするけれど――、俺はどの山下さんも嫌いじゃなくて。
「それで、中沢くんにはどこへ連れてってもらうの? こないだの賭けで勝ったんでしょう?」
「さあ? どこに連れてってくれるの?」山下さんは湯呑を取って口へ運んだ。
「まあ任せといてよ。明日の一時に駅に来て」
「持ち物は?」
「お金が多少、必要かな」
「どれくらい?」
「二千円もあれば余裕かな。……大丈夫そう?」
「素敵な場所なんだよね?」
「俺はそう思ってる」
「なら、うん、楽しみにしてる」
山下さんは指で絵をこすりながら微笑んだ。
最終下校の放送が流れて、グラウンドのほうが騒がしくなる。窓から外を覗くと、サッカー部員がゴールを動かしたり、陸上部員がとんぼをかけたりしていた。
山下さんは学校中の生徒がいなくなるまで、いつもこの部屋に居残っているらしい。
「みんなと会うのが怖いんだ」
と少し前に冗談っぽく言っていた。
だから俺も、部活のない日には、こうして彼女に付き合っている。
二人で下校するころには、すっかり日が暮れていた。暗い校舎は嘘みたいに不気味で、非日常な雰囲気が漂っている。二人で駐輪場へ歩いて、自転車を押して校門を出た。
「そう言えばさ、山下さんってどんな武道を習ってるの?」
「どうして?」
「どうしてって、俺は勝負で負かされてるし」
「運がよかっただけだよ」
「あの技はどうやってやったの?」
「あの技って?」
「瞳術みたいなやつ。マジで動けなくてビビったよ」
「えー? 気のせいだよ」
山下さんはいかにも適当にはぐらかした。
「中沢くんは、空手は長いの?」
「空手は部活を作ってから、顧問の先生にちょっと習ってるだけで。もともとは近くの道場で、浄土流不刀術っていうのをやってたんだ。だけど先生が死んじゃってさ」
「浄土流?」
山下さんは目を丸くした。
「知ってるの?」
「北辰浄土流?」
「うちのはただの浄土流だけど」
「浄土流不刀術……」
山下さんは興味深げに頷いた。
「知ってるんだ?」
「さあねー」
「ねえ、教えてよ」
「あはは、どうしようかなー」
隣り合った自転車の車輪が、ゆっくりと回る音が響いていた。俺たちは交差点で立ち止まって、信号が変わるとまた歩きはじめた。
「じゃあまた明日。気が向いたら流派のことも教えてね」
「ありがとう、また明日」
陸橋の下で、俺と山下さんは手を振ってわかれた。
自転車に乗ってひと漕ぎすると、
「水端の活人拳か……」
背後から、山下さんの声が聞こえた気がした。
「何か言った?」
振り返って叫んでみたが、彼女は気づかずに行ってしまった。
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