第12話

そうして迎えた約束の日――。


待ち合わせは一時なのに、そわそわして明け方には目が覚めてしまった。白んだカーテンをうんざりと眺めて、ステレオのスイッチを入れる。ビートルズの演奏にまどろみながら、二度寝しようと寝返りを打つが……、反対に目は冴えていくばかりで。


「……おにいちゃん? もう起きてるの?」

壁の向こうから、唐突に妹の声が聞こえた。


「わるい、うるさかった?」

「ううん……、ねえ、ちょっとそっちに行ってもいい」

「お、おう」


隣室から物音がして、すぐに妹が、俺の部屋のドアを開けた。

「ごめんね、こんな時間に」

パジャマ姿の妹が、枕を抱えて俺を見つめる。眠たげに目をこすっているが、その表情はどこか悲しげに見えて。


「どうかしたのか?」

「ちょっと思い出しちゃって」

花憐はステレオを指さした。

「あれか……」


それは母さんが置いていったステレオだった。

俺たちと一緒に、母さんが置き去りにした不用品。


「一緒に寝てもいい?」

「仕方ないな」

俺は布団のはしを持ちあげた。


花憐がやってきて、自分の枕をベッドに載せる。一瞬だけ、同意を求めるように見つめると、背中を向けて寝転がった。間近に迫ったうなじから、女性らしい香りがする。べつに動揺も興奮もしないけど、ずっと一緒だったはずの妹が、知らぬ間に遠い存在になったみたいで。


「おにいちゃん? ねえ、ぎゅってして」

「は?」

「聞こえたでしょ?」

「お前な……、本気か?」

「はーやーくー」


俺は観念して、花憐の体をそっと抱いた。寝起きで硬くなったものが当たらないように、さりげなく腰をひっこめる。実の妹に、おかしな勘違いをされてはたまらない。


「ねえ、もっと! ちゃんとギュ~って」

「してるよ」

「ぜんぜんたりなーい!」

花憐は腰を突き出して、俺に体を密着させた。


「おいっ、花憐」

「もうなあにー?」

「わっ……」

「ひゃっ、……お、おにいちゃん?」

妹が、わずかに体を固くする。


「べ、べつにお前に反応してるんじゃないぞ! これは健康な男子なら、当然の生理現象で、俗に言う朝――」

「わかったから! もう何も言わないで」

花憐は耳をふさいで布団にもぐった。半分やけになったみたいに、こちらに体を寄せてくる。

俺は赤子をあやすみたいに、背中のあたりをとんとん叩いた。


そうしているうち、花憐はあっという間に寝入ってしまった。俺のほうも、いつのまにか眠ったらしい。セットしていたアラームで、二人そろって目を覚ました。


「……おにいちゃん? おはよう。目覚ましなんてかけて、何か予定あるの?」

「ちょっと買い物にな」

「誰と? 大地くん?」

「いやー、あはは……」

「もしかして女の子?」

「えーっと、……まあ、そんな感じかな」

「うそ?! だからこんなカチカチに……」

花憐は布団を抜け出して、胸をかばうようなポーズをとった。


「違う! 断じて違うぞ」

「このまま行ったら危ないんじゃない? 今のうちに吐精しといたほうが」

「吐精ってお前……、そんな言葉どこで知ったんだ?」

「え? 保健の授業で習ったよ?」

「大丈夫かお前の学校……」

俺はベッドをおりて、改めて時間を確認した。


「何時からなの?」

「一時に駅。ちょっと急がないとな」

「ごめんね、まさかデートの約束があるなんて」

「少しは眠れたか?」

「おかげさまでぐっすりでした」

花憐はパっと花が咲くみたいに笑った。

我が妹ながらいい笑顔だ。けど――、

「すげー寝癖ついてるぞ」

「むぅ! お兄ちゃんだってボサボサだし」


俺はブーブー騒ぐ妹を追い出して、はじめてのデートの準備をはじめた。

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