番外編

やっぱり大嫌い

「みーふーねーさんっ」


 海野さん、もとい、玲楽さんと付き合うことになった翌日の朝。七美さんがニコニコしながら私の元にやってきた。私と彼女が付き合い始めたことは、彼女が聞いたのだろう。

 以前、七美さんは言っていた。アロマンティックを自認する友人が恋をしているかもしれないが、それを指摘して良いのか躊躇っていると。その友人というのは、玲楽さんのことだったのだろうか。


「……あなた、本当に玲楽さんに対して恋愛感情はないの?」


「無いってば。何回も言わせないでよ」


 夏祭りの日、玲楽さんは七美さんからかんざしをもらったと言っていた。男性から女性にかんざしを贈るのは、プロポーズの意味があるのだと私は七美さんからあらかじめ聞かされていた。彼女はわざわざ私にそれを聞かせた後に、玲楽さんにかんざしを渡していたのだ。本当に性格が悪い。


「確かに玲ちゃんのことは好きだよ。でもそれはあくまでも、友人として」


「……かんざしはプロポーズの意味なんでしょう」


「あははっ! そんなの江戸時代の話だよ。私がそういう意味で玲ちゃんにかんざし渡したって、本気で思ったの? なわけないじゃん。君をおちょくるためだけに決まってんじゃん。ほんっと弄りがいあるね。君」


「あなたねぇ……」


「あははっ。でも残念だなぁ。本当に付き合っちゃうなんて。フラれて傷心中のところにつけ込んで慰めてあげようと思ったのにー」


 それも冗談だとは思うが、なんだか冗談っぽくない雰囲気で言うものだから身構えてしまう。すると彼女は「三船さんって、ほんっと可愛いよね」と揶揄うように笑った。


「も、もう! 変な冗談やめてくれる!?」


「ごめんごめん。でも、フラれたら私のところ来ていいよ。抱いてあげる」


「ぜっっったい嫌!」


「えー。そんな拒否することないじゃん。三船さんネコでしょ? 私タチ得意だから安心して身を任せて良いよ。へい。おいで。仔猫ちゃん」


「……セクハラで訴えてやる……」


「あはっ。ごめんってば。安心して。無理矢理したりしないから。してほしいって言うなら別だけど」


「しなくていい」


「りょー。てか、ネコなの否定しないんだ」


「……うるさい」


「あはっ。かーわいいー」


「うるさい!」


 反省する様子もなく、ケラケラと笑いながら軽い口調で謝罪の言葉を口にする。やっぱり私はこの人が嫌いだとため息吐く。だけど、玲楽さんが自分の気持ちを恋だと認めることが出来たのはきっと、ほとんど彼女のおかげだ。そのおかげで私と彼女は恋人同士になれた。そこだけは、感謝せざるを得ないかもしれない。だけどお礼は言わない。言えば絶対調子に乗るから。


「三船さん」


「なに」


「玲ちゃんのこと、よろしくね」


「あなたによろしくされるまでもない」


「諦めようとした上に、逃げようとしたくせに」


「……もう逃げないわよ。私は彼女を信じる」


「万が一裏切られたら私の元に「有り得ないから」


 彼女の言葉を遮り、彼女を睨む。流石に冗談がすぎる。すると彼女はふっと笑って「私やっぱ君のこと好きだわ」と言って満足そうに帰って言った。私はやっぱり彼女が嫌いだとため息を吐いた。

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