お揃いの名前
彼女と付き合って数週間。彼女の家に遊びに行くことになった。彼女は既に私のことを恋人だと説明してあるらしく、普通に歓迎された。男でも女でも愛する人が出来てホッとしている。一生恋愛しないなんて言うから心配していた。と、彼女の母親は語った。私のことを受け入れてもらえたのは嬉しかったが、恋愛が出来ないことが間違いという考えには賛同出来ずについ「私は恋愛しない生き方もありだと思います」と言い返してしまった。そうかもしれないねと賛同するような相槌を打っていたが、きょとんとしていた。多分伝わってない。
「……さっきはごめんなさい。つい」
部屋で二人きりになったところで、彼女に謝る。
「良いの良いの。お母さん達には響いてなさそうだったけど、私は嬉しかったよ。歌羽ちゃんを好きになるまでの私のことを否定しないでくれてありがとう。そんな君だから、好きになったんだろうね。海菜先輩のお母さんにとっての旦那さんみたいに、君だけは例外なのかも」
そう言って彼女は笑う。海菜先輩の話を聞いたあとだと、その言葉は特別よりも嬉しい。
「ねぇ、アルバムってある?」
「アルバム? 卒業アルバム?」
「ええ。昔のあなたの写真、見てみたい」
「いいけど……ちょっと恥ずかしいなぁ」
そう言いつつも、彼女は棚から三冊のアルバムを持ってきて机の上に置いた。幼稚園、小学校、中学校それぞれの卒業アルバムだ。
「歌羽ちゃんのも今度見せてね」
「……それはちょっと」
「ええー! じゃあ見せない!」
「ああ! 見せるから見せて!」
「ちゃんと見せてよ?」
「はぁい」
「どれから見たい?」
「じゃあ、幼稚園から」
「はーい。よいしょっと」
幼稚園のアルバムを手に取ると、彼女は私に背を向ける形で私の脚の間に座り込む。
「……玲楽さん、これは……」
「ん? なに?」
戸惑っていると、彼女が「どうしたの?」と振り返る。顔が近い。
「……近くない?」
「えっ。なに。照れてんの? かーわいいー」
悪戯っ子のようににししと笑う彼女。なんだか悔しくて、彼女も同じように照れさせてやろうと腰に腕を回して抱きしめる。すると彼女は「後ろからぎゅーされるの、なんか安心するー」と幸せそうに笑いながらもたれかかってきた。返り討ちにあった。
「……そういうこと、他の人にしちゃ駄目よ」
「はぁーい」
「はぁ……本当に分かってる?」
「分かってるよ。私だって、歌羽ちゃんが私以外の人をこうやって抱きしめてるのやだもん」
「……そう」
「うん。そうだよ。はい、アルバム」
「私が捲るの?」
「うん。めくってめくって」
アルバムを一ページめくる。幼い子供達の楽しそうな写真。その中から彼女を見つけ出すのは容易だった。
「変わってないのね」
「よく言われる」
「ふふ。可愛い」
呟くと、腕の中の彼女がびくりと跳ねた気がした。
「な、なんか……耳元で可愛いって言われるとちょっと……照れるな……」
彼女が呟く。顔を見ようと覗き込むと「は、はい! 次!」と顔を逸らされる。その反応がたまらなく可愛いくて、耳元「玲楽さん、可愛い」と囁く。「ひょえええ……」と情けない声を上げる彼女に可愛いと何度も囁く。
「も、もう! そういう意地悪する人にはアルバム見せませんよ!」
「やだ。見せて」
「もう意地悪しない?」
「しない」
「絶対?」
「絶対。だから、見せて」
「……しょうがないなぁ。はい。小学生の私です」
小学生の頃のアルバムをめくっていく。どの写真も大体同じ男の子と一緒に写っている。とても仲が良さそうに見えるが、彼女は以前、仲良い男子から告白されたことがきっかけに仲違いしたと語っていた。だから恋が嫌いなのだと。この少年がその男子なのだろうか。気になるが、あまり触れない方が良さそうだ。
「……あら?」
最後までめくっていくと、彼女の写真の下の名前が海野玲楽ではなく、海野歌姫になっていた。歌姫の上にはれいらと振り仮名が振られており、写真の少女も彼女の面影がある。誤植だろうか。にしても、これは流石に打ち間違えようがないと思うが。
「ああ、そういえば言ってなかったね。私、高校生になってから名前変わってるんだ。名前というか、名前の漢字がね。中学生まではこの字だったんだよ」
なんでもないことのように彼女は語る。雰囲気的に、さほどデリケートな話題では無さそうだ。掘り下げても良いのだろうかと思っていると、彼女の方から語り始めてくれた。
「一発で読めないでしょ」
「そうね……うたひめか……あるいは……ディーヴァとか」
「ディーヴァって。でもまぁ、それくらい無茶な当て字だよ。ローレライっていう、歌声が綺麗な人魚からきてるんだって。苗字が海野だから、海の歌姫でローレライ」
「……それって確か、歌声で船人を惹きつけて海に沈める怪物じゃなかった?」
「うん。でも綺麗なイメージだけでつけちゃって。しかも私、音痴なんだよね。だから……よく名前で揶揄われてさ。もうほんっと、この名前が嫌いで。でも、れいらって名前の響きも、両親のことも大好きなんだ。だから読み方はそのままにして、字だけ変えたの」
「改名ってそんな簡単に出来るのね……」
「うん。理由がちゃんとしてればね。十五歳以上なら親の許可がなくても出来るって先輩から聞いて、よっしゃやったるぞ! って」
「今の字にした理由は?」
「先輩が考えてくれたんだ。玉の鳴る音を意味する玲に、音楽の楽。いかにも音楽やってる人っぽいでしょ」
「……そうね。先輩……先輩がね……その先輩って、男性?」
「女性。恋愛対象が女性の人だけど、彼女一筋な人だから大丈夫だよ」
「……そう」
そう言われたって妬かずにはいられない。しかし「妬いてくれてるの嬉しい」という彼女の楽しそうな声でどうでも良くなってしまう。
「歌羽ちゃん歌羽ちゃん、いっぱいぎゅーして良いよ。恋人の特権だから」
「言われなくてもする」
抱きしめてやると、彼女ははしゃぐようにきゃっきゃと笑う。可愛い。なんでこんなに可愛いんだこの子は。
「でも、あれだね。改名しなかったら、歌羽ちゃんとお揃いだったなって思うとちょっと残念」
「お揃い?」
「名前に歌が入ってるから。歌姫と歌羽って、名前だけ並べたら双子みたいで可愛くない?」
「その発想が可愛い」
「歌羽ちゃん、私が何しても可愛いっていうでしょ」
「存在が可愛い」
「デレデレじゃん」
「そうよ。悪い?」
「悪くないでーす。ふふ。あ、でも……そっか」
「なに?」
「……結婚したら、苗字がお揃いになるから名前がお揃いじゃなくても別にいっかって」
「けっ——!」
「な、なんて……今の日本じゃ無理なんだけどね。あはは……」
「今すぐ法改正しましょう」
「えっ。いや、法改正したところで私達未成年だし」
「女子は十六でいけるから」
「いやいやいや。確かに今はそうだけど。でもほんとに、私たちが大人になるまでには結婚出来るようになってるといいよね」
そう言って、彼女は私の手を握る。そこから、もし結婚したらどっちの苗字に統一するかという話で盛り上がる。私達はまだ付き合って一年どころか、出会って一年も経っていない。なのに結婚なんてどれだけ浮かれているんだと、第三者の立場からすれば呆れるが、嬉しいと思ってしまう私も相当浮かれている。だけど、幸せだ。その噛み締めるように彼女をきつく抱きしめる。彼女も私の方を向き直して私を抱きしめた。
「大好きだよ。歌羽ちゃん」
「私も。大好き。愛してる」
私はもう、この幸せをくれた彼女から逃げたりしない。例えこの先どんなことがあろうとも。私を守りたいと言ってくれた彼女を信じたい。信じると決めた。
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