愛しい人(後編)
「喉乾いたでしょう。お水持ってくるわね」
「うん。ありがとう」
服を着て部屋を出ていく彼女。なんだかまだ頭がふわふわしている。あの感覚はなんだったのだろう。よく分からないが、なんだかとても幸せな気持ちだった。
「玲楽さん。お水どうぞ」
「ありがとう」
身体を起こし、服を着てから彼女がくれたペットボトルに入った水を飲んでいると、彼女が肩にもたれかかってきた。
「……大好き」
「うん。私も大好き。ペットボトル、捨ててくるね」
「ええ。ありがとう」
空のペットボトルを捨てるために部屋を出る。台所でペットボトルを洗い、ゴミ箱に捨てたところで玄関の方から物音が聞こえてきた。ガチャガチャと鍵を開ける音、扉が開く音。思わず身構えたが「ただいま」という彼女によく似た声が聞こえてきてホッとする。
部屋から出てきた歌羽ちゃんが「お帰りなさい」と返事をしながら玄関に向かう。ついていくと、歌羽ちゃんによく似た女性が居た。
「こ、こんばんは」
「こんばんは」
「お母さん、彼女は私の「歌羽の恋人ね? 歌羽がお世話になってます」
女性が頭を下げる。思わず二人で顔を見合わせると、女性は「分かるわよ。あなた、ただの友達は家に泊まらせないでしょう」と笑った。
「起こしてしまったついでに、少し話をしましょうか。私、歌羽に謝りたいことがあるの」
「謝りたいこと?」
「彼女さん、お名前は?」
「う、海野玲楽です」
「玲楽さんね。玲楽さんも一緒に話聞いてくれる?」
「は、はい」
リビングに戻り、席に着く。彼女の母は三人分のココアを淹れてそれぞれの前に置いて話し始める。
「私、夫と離婚してるの。歌羽から聞いてる?」
「は、はい」
「そう。……歌羽が自分はレズビアンだってカミングアウトした時、私は父親のことが原因で男性不審になったせいだと思ったの。だから、そんな風にさせてごめんねって、謝ってしまった。けど……今思い返せば、凄く失礼なことを言ったと思う。女の子を好きでも良いなんて言いながら、そんな風にさせてごめんなんて、矛盾してたわよね」
「……ううん。あの時お母さんが混乱してたのは伝わってるから。私が女の子を好きになったことを受け入れなきゃって気持ちも伝わってる。だから……きっと、今私に彼女がいるって話しても普通に受け入れてくれるって信じてた」
「歌羽……」
「でも、気付いてるとは思わなかった」
「この間たまたま、二人が一緒にいるのを見かけてね。幸せそうに笑いあうあなた達を見て、歌羽が男性に興味がないのは元夫のせいじゃないんだってその時ようやく気づいたの。元夫のせいじゃないし、別に憐れむことでもないんだって。女同士では幸せになれないって、勝手に決めつけてた。ごめんなさい」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。そして私の方を見て「この子のこと、よろしくお願いします」と頭を下げた。
「はい」
「いつでも泊まりにきて良いから。むしろ、誰か一緒に居てくれると私も安心する。この子、寂しがりやだから」
「も、もう! お母さん! 私もう子供じゃないのよ」
「ふふ。そうね。ごめんなさい」
歌羽ちゃんの頭を撫でながらくすくすと揶揄うように笑うお母さん。親子のやり取りを微笑ましく思っていると、歌羽ちゃんに頬を摘まれた。
「もう部屋戻るから。おやすみなさい」
「ふふ。おやすみなさい」
歌羽ちゃんに腕を引かれ、部屋に戻る。ベッドに入ると甘えるように擦り寄ってきた。
「甘えん坊めー」
「甘えてって言ったのはそっちじゃない」
「ふふ。そうだね。よしよーし」
抱きしめて頭を撫でていると、背中に回された腕からふっと力が抜けた。すやすやと安らかな寝息が聞こえてくる。そのあどけない寝顔を抱きしめて私も目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます