恋の形

 彼女と付き合い初めて約半年。二年生になったばかりの春のこと。ある噂を耳にした。七希くんと新くんが付き合っているという噂だった。前からあったものだが、今回は本人から聞いたという人もいた。どういうことだろうと思い新くんに確認すると、告白されることを避けるために付き合ってることにすることにしたと答えた。


「なるほど……そういうことだったんだ」


「うん」


「でもさー。それって逆に大変じゃない? どっちがネコだのタチだの聞いてくる無神経なやつ絶対いるじゃん。そういうことする関係だって決めつけられて想像されるのしんどくない?」


 ななちゃんが言う。ネコやタチという言葉の意味は分かる。私もたまに聞かれる。自分からななちゃんを始めとした友人に相談することもあるが、だからといって他人からずけずけと聞かれることが平気なわけではない。


「そうだねぇ……付き合ってるけどそういうのはしないよって言ってるけど『付き合う意味ある?』とか『本当に付き合ってる?』って言われる。まぁ確かに付き合ってるのは確かに嘘なんだけど」


「交際してるならするのが当たり前って風潮はあるけど、実際、そんなことないもんね。別に付き合ってなくてもする人はするし」


「付き合っててもなくても他人とそういうことしたいって思う気持ちは俺には理解出来ないなぁ……」


 新くんの言葉に「同じく」と頷く七希くん。


「もう本当に付き合っちゃえば?」


「本当にって言われても……うーん。今と何も変わんないし」


 そう話していた数週間後。「本当に付き合うことになりました」と、照れながら新くんが私達に報告してくれた。七希くんの方は相変わらず無表情だ。


「と言っても、今と何も変わらないんだけどね。相変わらずキスもえっちもしたいと思わないし。それって友情と何が違うのって言われるかもしれないけど、俺は恋だと思います。こんなにも胸がきゅっとなったの初めてだし」


 胸に手を当てて照れながら語る新くん。「恋してる顔してんねえ」とニヤニヤするななちゃん。いまだに恋してる顔というのはよく分からないが、幸せそうなのは分かる。しかし、七希くんはいつも通りの無表情だ。


「あ、えっとね。付き合うことにはなったけど、気持ちが恋に変わったのは俺だけで、七希は別に今まで通りらしいです。この気持ちを共感してもらえないちょっと寂しい気持ちはあるけど……側にいたいって気持ちを受け入れて貰えただけでも充分幸せです。姉ちゃんと実さんだって、恋は一方通行だけど恋愛関係は今も続けられてるし、俺達もそうなれたら良いなって思う。ね、七希」


 こくりと頷く七希くん。相変わらず無表情だが、いつもよりは少し柔らかいように見えた。……気がする。


「バンド内恋愛は禁止……と、言いたいところだけどまぁ、許してやるか。七希! ポチのこと幸せにしてやれよ」


「そっちなんだ」


「ふふ。俺はもう充分幸せだよ。ななちゃん」


「ポチ、これからはななちゃんではなくお姉ちゃんと呼びなさい」


「ええ? なんで?」


「私は君の恋人の姉だからな」


 期待するように目を輝かせながら新くんに迫るななちゃん。新くんが訝しむような視線を向けながら躊躇うように「お姉ちゃん」と口にすると、ななちゃんは噛み締めるように目を閉じた後「もう一回」とねだる。


「……ななちゃんがセクハラしてくるって姉ちゃんに言いつけよーっと」


「ちょ、セクハラじゃないでしょ今のは! 違うよね!? れいちゃん!」


「セクハラかどうかは分からないけど、なんかちょっと気持ち悪かったかな……」


 私の言葉に七希くんも頷く。


「酷い……みんなして私をいじめる……」


「あ、ななちゃんが姉ってことは和希かずきさんと空美さんも俺の兄弟ってことになるのか……そうか……」


 新くんの呟きを聞いたななちゃんはハッとして、新くんの肩をガッと掴んだ。


「ポチが弟になったら私の可愛い妹ポジションが危うくなるじゃん! やだ! 今すぐ七希と別れて!!」


「ええ!? い、いやいや……変わんないと思うけどなぁ」


「お姉ちゃんのことはお姉ちゃんって呼んじゃ駄目だからね!」


「心配しなくても呼ばないよ」


「でも私のことは好きなだけお姉ちゃんって呼んで良「いやでーす。呼びませーん」ちくしょおおおお!」


「……うるさ」


「あはは……ななちゃん、ほんと新くんのこと好きだよね」


 その好きを恋だと決めつける人は多いが、本人は頑なに否定する。「ポチは弟みたいなものだから」と。何が恋で、何が恋じゃないか、その違いは今もはっきりとは分からない。ななちゃんが新くんに向ける感情が恋かどうかも、私にはよく分からない。そもそも恋というのは、人によって形が違うらしい。本人が違うと言えば違うし、そうだと言えばそう。それでいいと思う。恋の形は人それぞれだし、自分の感情に名前をつける権利は自分にしかないのだから。

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