第31話:もう一度話を

 私はこの気持ちを恋と呼ぶと決めた。だけど、後から違ったなんて絶対に言わないという保証は私にはできない。私は絶対に恋をしないと思っていた。そういう人間なのだと信じて疑わなかった。だけど、恋をした。絶対に変わらないなんて、言える自信はない。だけどこれだけは言える。三船さんは私にとって大切な人だ。せめて、それだけは分かってほしい。どうしたら伝わるだろう。どう伝えたら良いのだろう。ベッドに寝転がって考えていると、ふと、三船さんがくれたイヤリングが目についた。私に似合うと思ったからと、彼女がくれたイヤリング。彼女に突き返そうとしたけれど出来なかったイヤリング。『私なら突き返すよ』『それを見るたびに辛くなるのは、れいちゃんも一緒でしょ』『先に呪いをかけたのは向こうじゃん』ななちゃんの言葉が蘇る。確かに、一度はこれを突き返そうとしたし、捨てたいと思った。だけど、あの日のことは全てが嫌な思い出ではない。似合うと思ってプレゼントしてくれたその気持ちは嬉しかった。それは嘘ではない。嘘にしたくない。嘘ではなかったと彼女にも信じてほしい。


「……そうだ」


 ふと、母が以前イヤリングをストップにリメイクしていたことを思い出す。材料はまだ余っているだろうか。聞きに行くと、ちょうど2本余っていた。


「なにに使うの?」


「この間もらったイヤリングをストラップにしようかと思って」


 イヤリングの金具を外してストラップに付け替える。数分で生まれ変わった三船さんからのプレゼントをカバンにしまう。どうか、私の想いが彼女に伝わりますように、トラウマを乗り越えられますようにと祈りを込めて。


 翌日。その日は文化祭だった。始まる前に三船さんのクラスに行き、彼女に会いに行った。クラスメイトとにこやかに話していた彼女だが、私の顔を見ると気まずそうに目を逸らした。近づいてもこちらを見ようとしない。異様な空気を察した彼女のクラスメイト達は私を訝しげな目で見る。アウェーな空気だが、それでも私は彼女と話さなきゃいけない。


「三船さん、話がしたいんだ。文化祭終わったら、校門の前で待ってるから」


「……ごめんなさい。今日は早く帰らなきゃいけないの」


 その時私たちは、二学期に入ってから初めて会話を交わした。一学期はあれだけ毎日のように話していたのに。


「じゃあ今日じゃなくても良い。都合が良い日で良い。大事な話なの」


「……私に関わるのはやめるんじゃなかったの」


 私の方をみないまま彼女は言う。彼女のそんな冷たい声は初めて聞いた。いつも優しくて、いつも笑っていた。心が痛む。だけど、引き下がるわけにはいかない。


「……ごめん。やっぱりやめない。お願い、もう一度話をさせて」


「……夏祭りの時の話でしょう。あれなら、もう終わったはずよ」


「終わってない! 一方的に否定して拒絶して勝手に終わりにしないでよ! 私の話も聞いてよ!」


 思わず声を荒げてしまった。彼女のクラスメイトから視線が集まるが、彼女は頑なに私を見ない。頬を両手で挟み込み、強引に顔を自分の方に向けさせて目線を合わせる。


「怒鳴ってごめん。三船さんが私を信じられないなら、それでも良い。でも、信じるか信じないかは、私の話をちゃんと最後まで聞いてから判断して。お願い。どうしたら信じてもらえるか、あれからずっと考えてきたの。だからもう一度、チャンスをください」


「……明後日なら、空いてる」


「明後日ね。分かった。私も空いてる。もう逃げないでね」


「……」


 彼女は黙ったまま目を逸らす。「もう逃げないでね!」ともう一度念押しすると、恐る恐る私の方に視線を戻し、また逸らして「ええ」と小さく相槌を打った。


「じゃあ、また連絡するから。またね。三船さん」


「……またね」


「うん」


 教室を出る。緊張が解けて、ため息が漏れる。けど、話せた。ちゃんと話をすると約束した。もう私も逃げられない。逃げたくない。ポケットに入れたストラップを取り出す。これで伝わるだろうか。まだ何か用意した方がいいだろうかと悩んでいると、ななちゃんに声をかけられた。


「話できた? って、あれ? そのデザイン……」


「うん。この間のイヤリング。ストラップに変えたの」


「ふぅん。渡すの?」


「うん。最初はあの日のこと思い出して辛い想いしてほしくないって思ったけど……全部が全部、悪い思い出じゃなかった。むしろ楽しかった。彼女もきっと、そうだったと思う。だから、それを思い出してほしいって祈りを込めました。……伝わるかな」


「それで伝わらなかったらもう身体に直接分からせるしかないな」


「身体に直接……?」


 どういう意味かわからず首を傾げると「アホ! 純粋な女の子になに吹き込もうとしてんだ!」と通りすがりの本田さんがななちゃんの頭を叩く。気になって私の様子を見にきたらしい。


「あいてっ!」


「身体に直接って、どういうこと?」


「抱けってことだよ」


「こ、こら!」


「抱く……そっか。なるほど。分かった」


「海野さん……七美さんが言ってるの、ハグしろって意味じゃないからね?」


「違うの?」


「えっと……押し倒せってことだよ」


「押し倒す? 押し倒してなにするの?」


「……マジで言ってる?」


「ポンちゃん、れいちゃんの無知さをなめたら駄目だよ。多分、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるって本気で信じてるレベルだよ」


「さ、流石にそこまで無知じゃないよ!」


 よくわからないが、とりあえず、えっちなことをしろと言っているのは伝わった。そういえば、フォロワーが言っていた。『その時初めて、誰かとキスをしたいって思ったんです』と。キス。キスか。彼女もそういうことを私としたいと思っていたのだろうか。そうだとしたら、私はそれに応えられるのだろうか。考えると顔が熱くなる。


「……その……キス、したいって、思うのは……やっぱり、恋してる証拠だよね?」


「いや、ただの性欲かも」


「せ,性欲……」


「いやいや、恋で良いでしょ。なんでそこで惑わせるようなこと言うの。もー」


 本田さんが呆れるようにななちゃんに言う。ななちゃんはごめんごめんとケラケラ笑う。


「今のは冗談だよ。そんなショック受けた顔しないで。ただの性欲とか独占欲だけならここまで彼女のこと傷つけないようにって慎重になったりしないと思うよ」


「そ、そうか……そうだよね……うん」


 咲先輩は言っていた。最終的に決めるのは自分だと。私はこれを恋と呼ぶと決めた。決めたんだ。二人の前で改めて宣言する「私は三船さんに恋してます」と。


「お。宣言した。じゃあ改めて、うたちゃんのことよろしく頼むよ」


「はい」


「嫁姑かよ」


「誰が姑じゃ。てか、七美さんには言われたくないんだけど」


「ええ? 私そんな姑っぽい?」


「三船さんに嫌がらせしないでね。お母さん」


 などと冗談を言い合い、笑い合う。三船さんともまたこんな風に笑い合えるようになれるだろうか。

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