第30話:自分で決めな

 それから約一カ月。相変わらず三船さんとは話せず、自分の気持ちを恋と言い切ることができないまま、体育祭がやってきた。私が出るのは綱引き。三学年合同のクラス対抗で、先輩達も一緒だ。その中に咲先輩の姿を見つけた。何故かため息を吐きながら歩いている。


「先輩も綱引き出るんですね。って……なんか暗いですね?」


「負けが確定したからな」


「えぇ? やる前から諦めちゃダメですよ。頑張りましょう」


 アナウンスが入り、競技が始まる。まずは七組対三組。


「……れいちゃん、見てみ。三組がどんどん引き摺られていくよ」


 咲先輩の言う通り、綱が一方的に七組の方に引かれて行く。八百長試合かと思うほど圧倒的だった。


「……圧勝ですね」


「去年もああだったよな」


「やっぱ姐さんのせいじゃん」


「姐さんって……新くんのお姉さん?」


「そう。あの人怪力なのよ……」


 その後も七組が圧勝した。ちょうど近くにいた七希くんにおめでとうと声をかけるが、七希くんは「ん」と相変わらずどうでもよさそうな反応をする。


「未来さんに会いたい」


「うるせぇな」


「だってえええ!」


 騒がしい声が聞こえてきた方に目を向けると、咲先輩が絶叫していた。「未来さんに会いたい」と騒いでいる。未来さんというのは、咲先輩の恋人の名前だ。ああやってよく、未来さんに会いたいと口癖のように騒いでいる。好きな人には毎日会いたくなるものだと先輩は言っていた気がする。私はどうだろう。三船さんに毎日会いたいと思っていただろうか。今まではそうでもなかったが、思えば最近はずっと彼女のことを考えている気がする。いつからかは覚えていないけれど、少なくとも夏祭りのあの日、彼女に拒絶されるよりは前から。先輩の恋もそうだったのだろうか。先輩の恋の話が聞いてみたい。ななちゃんに一言断ってから咲先輩をお昼に誘う。


「んで? 何か悩んでんの?」


「……前にも話しましたけど、私、恋愛したいと思えなくて」


「うん。昔から言ってたね」


「それで……周りに恋愛の話を振られるたびに揶揄われたり、励まされたり、あの人どう? とかお節介されるのが辛くて。けど、七希くんと新くんもそうらしくて、一緒に居ると恋愛の話にならないから、それが心地よくてよく一緒に居るんですけど……その……二人……というか、七希くんのファンの子から嫌がらせされて」


「あぁ……あの子モテるもんなぁ……」


「で……別のクラスの子が助けてくれたんです。彼女、いつも私を守ってくれるんです。友達だからだと思ってたけど、恋愛感情があるからだって告白されて。でも、今まで色々な人から向けられた恋と、彼女から向けられた恋は、違ってて」


 下心があったから私に声をかけたのだと、彼女は言っていた。私を口説くために近づいたと。いつも私に優しかったのも、下心があったから? 違う気がする。彼女は恋が叶わないと知っても優しかったから。あの優しさは下心だけじゃないはずだ。付き合えないと断ったら勘違いさせやがってとキレてきた彼らとは違う。


「彼女は私と付き合いたいって言わなかったんです。私と友達のままでいるために、恋を終わらせるために告白してくれたんです。今まで恋で友情が壊れてしまうことばかりだったから、友達でいたいって言われて嬉しくて」


「うん」


「でも……彼女が新しい恋に進むことを考えると、もやもやするんです。その方が私にとっても彼女にとってもいいことなのに。友達に相談したら、それは恋だって言われました。私もそう思いました。これが恋なんだって。彼女にも伝えました。けど、彼女は……」


「彼女は?」


『だったら証明してよ! その気持ちが私と同じものだって! 後になってやっぱり違ったなんて絶対に言わないって!』

 彼女の悲痛な叫びが蘇り、言葉に詰まる。先輩は何も言わずに続きを待ってくれた。


「……勘違い……だって。もう一度冷静になって考えてみたらって、言ってきて。拒絶されたんです。……違うよ恋だよって言い返せる自信、なくて何も言えなくて」


「ええ? なんで? 酷くない?」


「……前の彼女と色々あったらしくて。多分、それで私のこと突き放しちゃったんだと思います」


「あー……前の彼女か……」


 苦笑いする先輩。何か嫌なことを思い出させてしまったかもしれない。だけど、聞きたい。先輩の恋の話を。先輩は私と同じだと勝手に思っていて、勝手に裏切られた気持ちになっていた。だから先輩が彼女の話をするたびに複雑だった。けど、今は聞きたい。私のこれが先輩やみんなと同じ恋なのかどうか確かめたいから。今は色んな人の恋の話を聞きたい。知りたい。恋という感情を。


「……先輩の恋の話、聞いてもいいですか? 私まだ、この感情が恋だって言い切れる自信ないんです。だから、色んな人の恋の話が聞きたくて」


「うん。良いよ」


「ありがとうございます。先輩が今の彼女に対する恋を自覚したのはいつですか? きっかけはなんですか?」


「私の場合は彼女が中学を卒業してからだったよ。会う機会がなくなってから、進学先聞かなかったことを後悔したり、あの人に似てる人を目で追ったり、街で偶然会えたりしないか期待したり……あとは、彼女の妹と仲良くなって家に遊びに行こうとか考えたけど、流石にちょっとストーカーみたいで嫌だなって自己嫌悪したり……まぁとにかく、私って彼女のことばかり考えてるなって気づいちゃって」


「なるほど」


「それで……最初はちょっと、相手が女の子だから認めるのが難しかったんだけど……初めて男の子に告白されたとき、彼女もいつか男の人と付き合うのかな。嫌だなって考えちゃって。それで、あぁもう言い逃れできないなって思ったんだ」


 相手が誰かと付き合うのが嫌。私も同じだ。三船さんが誰かと付き合うのは嫌だ。


「……先輩は、レズビアンなんですよね?」


「うん。そう。女の人にしか興味無い。というか、彼女にしか興味無いって言った方が正しいのかも」


「……不安じゃなかったですか? 告白する時」


「不安だったよ。……鈴木くんに出会わなかったらきっと、告白出来なかった」


「鈴木くん? 七美ちゃん達の従姉妹ですか?」


「うん。そう。演劇部の王子様。彼女が堂々としていたから、私も堂々として良いんだって思えたんだ。自分がレズビアンであることは自覚していたけど、心から認めることは出来なかったんだ。周りはみんな異性が好きって言ってて、私もいつかそうなるんじゃないか、この感情は本当の恋じゃないのではないかとか、思っちゃって。GLが好きな友達には『リアルな同性愛はひくよね』って言われて、なんかもう、自尊心ズタズタにされちゃってさぁ……」


 語りながら、先輩はぽろぽろと涙をこぼし始めた。三船さんも前の彼女と付き合っている時に色々言われたと言っていた。やはり、先輩もそうだったのだろうか。嫌なことを思い出させてしまっただろうか。申し訳ないと思いながらハンカチを差し出すと、先輩は自分のあるから自分で使いなと笑った。そこで初めて、自分が泣いていることに気づく。


「……すみません。もらい泣きしてしまって」


「ごめんね。辛い話しちゃって」


「いえ」


「……私の話聞いてみてどう? 結論でた?」


 ななちゃんは言った。私のこれは恋だと。三船さん否定した。その気持ちはただの独占欲だと。本田さんは分からないと言った。だけど、彼女を大切に思う気持ちは本物だと思うと言ってくれた。みんなの話を聞くうちに、恋というのは人それぞれで、正解が無いことが分かった。だから、これが三船さんの求める恋かどうかは分からない。分からないけれど——


「……やっぱり、恋だと思います」


 私はこれを、恋と呼びたい。彼女のことを諦めたくないから。しかし、これを恋と呼べば私はアロマンティックであることを否定することになる。それは正直、寂しい。すると、咲先輩は優しく笑って言った。


「セクシャリティってのはね、変わることもあるんだよ。それは別に罪でも裏切りでもないよ。れいちゃんの心は、れいちゃんの物。相手が同性でも異性でもそれ以外でも、それを否定する権利は誰にもないから。恋か恋じゃないかは、最終的には自分で決めな」


 恋か恋じゃないかは自分で決める。私はどうしたいのか、もう一度自分に問う。


「私は彼女が好きです。この想いは恋です」


 私が決めて良いなら、私はこれを恋と呼びたい。その気持ちはもう変わらない。

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