第28話:望んだはずなのに

『私、そもそも、恋がわかんないだ。なんで一人の人にそんなに夢中になれるのか、理解出来ない』


 彼女にそう言われた時、私は願った。理解出来るようになってほしい。変わってほしい。私を好きになってほしい。だけど、それを口にすれば彼女を傷つけてしまう。私だって、男性から好きになってくれと言われても困るから。だから、諦めなければと思った。告白してフラれて、それでも諦められなくて、苦しかった。


『最近は嫌だなって、思っちゃうんだ。三船さんの恋が終わっちゃうのが』


 何を言っているんだと思った。恋愛感情を向けないでくれって言ったのは、そっちのくせに。


『私、今まで恋愛感情と好意が結び付かなくて。ただの醜い独占欲じゃんってずっと思ってた。けど、三船さんの恋はそれだけじゃなかった。私のことが好きって気持ちが伝わってきて、嬉しかった』


 嬉しかったと言われて、嬉しかった。だけど、愛が欲しくなったと、愛情を独占したくなったと言われて、ゾッとした。

 元カノは、独占欲の強い人だった。私が他の女子と連絡を取るのも嫌がるほど。そのくせ、付き合ってることは否定する。差別されるのが怖いからと。気持ちは分からなくはなかった。私も怖かったから。

 やっぱり恋じゃなかったと彼女に言われた時、私は彼女に言った。『そういうこともあるわよね』と。だけど内心、ふざけんなと思った。あれだけ私を束縛しておきながら今更何を言うんだと。

 愛情を独占したい。その気持ちは、確かに恋の症状の一つだと思う。だけど私は、あれだけ嫉妬して束縛してきた人から恋じゃなかったと言われた。だから、彼女の独占欲を恋として受け入れるのが怖かった。付き合いたいと先に望んだのは私なのに。今もその気持ちは変わらないのに。セクシャリィが変わることはあり得ることだし、出来るなら変わってほしいと願ったはずなのに。望んだ結果が訪れた途端、怖くなって、突き放してしまった。あまりにも自分に都合が良すぎる現実を受け止められなかった。突き放したくせに、泣いている彼女を慰めるように抱きしめている七美さんを見た瞬間、嫉妬心が湧いてきた。泣かせたのは私だし、謝るために追いかけようとしなかったのも私なのに。自分の身勝手さに嫌気がさして逃げ出した私を、たぬ子が追いかけてくる。


「待ってよ! うたちゃん!」


「来ないで! 放っておいて!」


「やだ! 放って……おけるかよ……!」


 腕を掴まれる。思わず足を止めると、彼女は荒い息を吐きながら何かを言う。とりあえず近くにあったベンチに座り、彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。


「……何があったの。海野さんと」


「……付き合いたいって、言われたの」


「え? 一回フラれたんだよね?」


「……うん。でも、嫌なんですって。私が誰かに恋をするのが。私の恋が終わるのが。……私の愛情を、独占したいんですって。それは恋だって、七美さんに言われたって」


「え? え? で、でも海野さんは……アロマンティック? ってやつなんだよね? うたちゃんのことは例外ってこと?」


「……そうかもしれない。そうなら嬉しいと思った。けど私は、それを恋だと信じることは出来なかった。あの子と同じ、ただの独占欲だと思ったの」


「……本当に? 本当にそう思ったの?」


「……違う。違うって、信じたかった。でも、期待するのが怖かったの。愛情を独占したいのは、私も同じなのに。これ以上好きになってしまうのが怖くて……」


 海菜先輩の母親の話を聞いた時、私も海野さんの例外になれたらと思ったのに。いざ彼女から恋しているかもしれないと言われたら、元カノのことが頭をよぎってしまった。またあの時みたいに、後からやっぱり違ったと言われたらと考えてしまった。そのことを話すと、たぬ子は言葉を詰まらせた。彼女は当時のことを知っている。だから私を責められないのだろう。


「……ごめん。何を言ってあげたら良いかわかんないや。……酷いこと言ったとは思うけど……私はうたちゃんの過去を知ってる。あんなことがあったらそりゃトラウマになるよな。私もきっと、うたちゃんの立場なら海野さんの告白を信用出来ないよ。散々恋しないって言ってたし。セクシャリティは変わることもあるとはいうけど……あまりにも、自分に都合が良すぎるもんね。でもさ……恋かどうかは置いておいて、うたちゃんのことが好きなのは間違いないと思うよ。ただの独占欲だけじゃない。仮に違ったとしても、恋人としてやっていくことは出来るんじゃないかな。月島先輩達みたいに。なんて……ちょっと、無責任すぎたかな」


「……ううん。ありがとう。勇気づけようとしてくれて」


「……うん。すまん。これ以上は何も言ってやれんわ。時間が解決するしかないかもしれんね。でも、信じられなかった理由はちゃんと話しなよ」


「過去のことは話したわ。……そしたら彼女、もう、私とは関わらないって。傷つけてごめんなさいって。傷つけたのは、私の方なのに」


「……うたちゃんはそれで良いの?」


「よくない。でも……拒絶したのは私の方だもの。もう合わせる顔なんて無いわ」


「……そうねぇ。はぁー……とりあえず、今日は帰ろう。帰って寝よう。寝て、一旦頭をリセットして……それでまた、どうしたらいいか考えよう。夏休み終わったらいやでも学校で顔合わせることになるし。ね」


「……」


「ほら立って。電車乗って帰るよ」


「……ええ」


 鉛のように重い足を動かして、なんとか家に帰る。お腹は空いていたはずなのに、食べる気力はなかった。食事も摂らず、風呂も入らずにベッドに倒れ込む。


「……ごめんなさい。海野さん。ごめんなさい」


 全部夢であってくれと願いながら目を閉じる。翌朝起きると、海野さんから「さっきはごめんね。考えてみたけど、やっぱり、これが恋だという証明は、今の私にはできない。だからもう少しちゃんと考えてみるね」とメッセージが届いていたことに気づく。そのメッセージが、昨日のことが夢ではないことを証明していた。

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