最終章:恋の証明

第27話:恋と断言することは出来ないけれど

「……ごめん。一度断ったのに。自分勝手だったね。……ごめんね。断言出来ないのにやっぱり恋だったなんて、軽々しく口にして、ごめん。……ごめんなさい。傷つけて、ごめんなさい」


 泣き噦る彼女を抱きしめてあげたかった。だけど、出来なかった。三船さんの恋はもう、終わらせてあげるべきだと思ったから。


「……私もう、三船さんに関わらないようにする。これ以上君を苦しめたくないから」


 もらったイヤリングを外す。返そうと思ったが、やめた。見ていたらきっと、私のことを考えてしまうから。これは私が持っておくべきだ。せっかくの彼女からのプレゼントを呪いに変えて突き返したくはない。


「……さようなら三船さん。私のこと愛してだくれてありがとう。恋だなんて軽々しく口にして、ごめんなさい。他の人に恋しないでなんてわがまま言って、ごめんなさい」


 イヤリングを袂にしまい、泣き噦る彼女を置いてその場を去る。彼女は追いかけてきてはくれなかった。胸が苦しい。これは恋じゃないの? 本当に? 違うなら一体なんなんだ。だけど、違わないと言える確信なんてなかった。恋だという証明なんて出来なかった。出来なかったことが悔しくて、涙が止まらない。前が見えなくなり、誰かにぶつかって尻もちをついてしまう。謝ると「どうしたの!?」とななちゃんと本田さんの心配する声が聞こえた。ぶつかった相手はななちゃんだった。彼女は私の話を聞くより先に、私を抱きしめてくれた。


「うたちゃんは? なんで一緒じゃないの? 何があったの?」


「ポンちゃん。そんなに一気に質問しないであげて」


「……ごめん。……!」


 本田さんが何かを見つけたように突然駆け出す。「待って! うたちゃん!」と叫ぶ声が聞こえる。彼女が走り去った先にきっと、三船さんがいる。だけどもう一度話すのが怖くて、振り返らずにななちゃんの肩に頭を埋めて背中に腕を回す。


「……れいちゃん。三船さんと何があったの?」


「……違うって」


「違う?」


「私のこれは、恋じゃないって」


「……は? 三船さんにそう言われたの?」


「同情で受け入れようとしないでって」


「はあああああ!?」


 ななちゃんの絶叫が耳を貫く。彼女は私を離し、本田さんを追おうとする。腕を掴んで止める。


「離せ。一発ぶん殴りにいく」


 彼女のものとは思えない低い声だった。静かだが、怒りが伝わってくる。ここまでキレている彼女は初めて見た気がする。だけど、私はそこまで怒りは湧かない。全く怒っていないわけではない。だけどそれよりも、悲しみの方が大きい。


「……私の代わりに怒ってくれて、ありがとう。……三船さんのこと責める前に、私の話を聞いてくれる?」


 私が言うと、ななちゃんは冷静になったのか、ため息を吐いて、振り上げた拳を静かに下ろした。


「……分かった」


 一旦移動し、駅前のベンチに座る。彼女は「ちょっと待ってて」と言って自販機の方へ向かった。


「ほい。私の奢り。泣いた分補充しな」


「……ありがとう」


「おう」


「……ななちゃんは……」


「ん?」


「……ななちゃんは私に、恋してないの?」


「えっ。なに。下心があるから優しくしてると思ってる!? やだぁー! 童貞王子と一緒にしないでよー!」


「ドーテイ王子?」


「三船さんのこと」


「ドーテイってなに?」


「性経験の無い男性のこと。下心を隠せないくせに奥手な感じ、ほんっと童貞くさい。そこが可愛いんだけど、流石に今回のはちょっとなぁ」


 なんだかよく分からないが、とりあえず貶しているのは伝わってきた。


「私はれいちゃんのこと大切だと思ってるし、可愛いと思ってるよ。けど、言ったでしょ? 私、犬は好きだけど飼いたいとは思わないって。こう見えて、愛されるより愛したい派だから。愛情表現が正直すぎる恋人とずっと居たら疲れちゃう」


「……なるほど」


「私のことより、れいちゃんの話聞かせてよ。話したいんでしょ?」


「あ、う、うん。えっと……三船さんに恋じゃないって否定された時、ショックだったし、ムカついた。先に好きって言ったそっちじゃんって。付き合いたいって思ってたくせにって。けど……」


「けど?」


「……三船さんがそう言ってしまったのにはちゃんと理由があって……それを聞いたら私、そんなこないって言い返せる自信無くて……変わらないって約束できる保証も出来なくて……」


「理由ねぇ……あれ? ちょっと待って。れいちゃん、イヤリングどうしたの?」


「えっ? ああ、えっと、外したの。……返そうと思って」


「返したの?」


「ううん。返せなかった。……きっと、これを見るたびに今日のことを思い出してしまうだろうから。彼女からのプレゼントを、呪いに変えて突き返したくはなかった」


「……ふぅん。優しいね。私なら絶対突き返すよ。好きにさせたのはそっちのくせにふざけんなよ! って。……それに、それを見るたびに辛くなるのは、れいちゃんも一緒でしょ」


「……うん」


「先に呪いをかけたのは向こうじゃん」


「そう……だね」


 袂にしまったイヤリングを取り出す。『似合ってる』と言った彼女の優しい声も、笑顔も、鮮明に浮かんでくる。多分この先も、これを見るたびに思い出すのだろう。だけど——。


「やっぱり、返さない。持っておく。……持っておきたい。このイヤリングを突き返せば彼女に呪いをかけることになる。捨てれば彼女を悲しませてしまう。どちらもしたくない」


「ふぅん。……やっぱり私は、それは恋だと思うよ」


「……でも、私はまだそう言える自信がない」


「……そう。なら、もうちょっと考えな。納得がいくまで。どうせ三船さんはしばらくは恋愛出来ないだろうし。好きな人から告白されても受け入れられないくらいなんだし、新しい恋なんて到底無理でしょ。悪い女につけ込まれちゃう可能性はあるけど。まぁ、その辺は私が見張っておいてあげるから心配しないで」


「……うん」


「……うん。ありがとう」


 今はまだこれを恋だと言える自信はない。だからもう少し考えて、答えが出たらもう一度彼女と話そう。

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