第25話:これが恋だというのなら

「れいちゃんもなんとなくそうじゃないかって思ってるんじゃない?」


 そう言って彼女は私を見る。恋。私が恋。誰に?


「恋って……私がななちゃんに?」


「えっ。そっち? 違うでしょ。分かってるよね?」


「……三船さん?」


「そう。そっち」


「……私が三船さんに、恋してるの?」


「うん。私にはそう見える。この間は言えなくてごめん。……言っても受け入れられないと思ったんだ」


 ななちゃんは語る。「君はきっと、今まで散々恋をしないことを否定されてきてるだろうから」と。


「七希やポチに出会って、恋をしない自分を肯定できるようになったばかりなのに、やっぱり君は恋する側の人間なんだよって言われても簡単には受け入れられないだろうなって。……だから、言えなかった」


「……どうして、恋だと思ったの?」


「うーん。難しい質問だなぁ……逆に質問して良い?」


「うん」


「さっき、三船さんが私に君を託した時、追いかけてきてほしいって思った?」


「……うん」


「三船さんが誰かと付き合うこと想像するともやもやする?」


「……嫌だって、思う」


「なんで?」


「なんでって……」


「新しく好きな人が出来れば自分に恋愛感情が向くこともなくなるだろうし、三船さんも叶わない片想いを諦めて次に進める。れいちゃんにとっても、三船さんにとっても良いことじゃない?」


「……うん」


「なのに嫌なの?」


「えっと……」


 何故? 何が嫌? 改めてそう聞かれると分からない。私は何故三船さんが誰かと付き合うのが嫌なのだろう。考える。ななちゃんは急かさず答えを待っていてくれたけれど、答えは出ないまま家の最寄駅に駅に着いてしまった。


「送っていこうか」


「ううん。大丈夫。一人で帰れるよ」


「そう。分かった。じゃあ、またね」


「うん。またね」


 彼女と別れて電車を降りる。どうして私は三船さんが誰かと付き合うのが嫌なのだろう。それで三船さんが片想いの苦しみから解放されるなら、喜ばしいことのはずなのに。ななちゃんが誰かと付き合うのは平気なのに、どうして三船さんには誰とも付き合ってほしくないと思ってしまうのだろう。恋人が出来たって彼女はきっと、変わらず友達のままで居てくれるのに。悩みながら歩いていると、ふと、中学の同級生の姿が見えた。かつて友人だった男子だ。思わず隠れてやり過ごしながら当時のことを思い出す。

 彼は私を好きだと言った。恋愛的な意味で好きだと。好きだから独占したい。それを受け入れられないなら友達のままでいられないと。私にはその気持ちが理解出来なくて怖かった。恋人になることを受け入れられないなら友人でいられなくなるなんて、そんなのおかしくないかと他の友人に言ってもむしろ私の方がおかしい、いつかは彼の気持ちがわかると、誰一人として共感してくれなかった。友達を辞めるとおどしてでも独占したいと思う気持ちが分かるようになる日がいつか来るなんて、想像しただけで怖かった。だから、そんな日が来ない人間もいるって知ってほっとした。私はあんな理不尽な感情を誰かにぶつけなくて済むんだと。

 告白されるのが嫌だった。恋愛感情を向けられるのが怖かった。三船さんも私に恋愛感情を抱いていたと知った時はショックだった。だけど、彼女の告白は今までの人達とは違った。付き合うためではなく、終わらせるための告白。私と友達のままでいるための告白。そんなのは初めてだった。恋の告白を受けて、この人は本当に私のことが好きなんだと思えたのは初めてだった。

 ああ、そうか。私は、三船さんの中から私に対する恋心が消えるのが嫌なんだ。ずっと私に恋していてほしいんだ。好きでいてほしいんだ。家に帰り、出た答えをななちゃんに電話で伝える。すると彼女はこう言った。


「それは恋していてほしいというより、愛してほしいってことじゃない?」


「恋と愛はどう違うの?」


「全然違うよ。恋は下心、愛は真心って聞いたことない?」


「ああ……なんかある気がする」


「触れたい、独占したい、近づきたい、そういう身勝手な感情が恋。その欲求が叶わなくても相手のことを大切に思えるならそれは愛だと私は思う。れいちゃんはどう? 三船さんのこと大切に出来る?」


「……うん。大切だと思ってるよ。ななちゃんや七希くん達と同じくらい」


「あらやだ。照れる。七希にも伝えとくね」


「い、いや、良いよ別に。恥ずかしいから……」


「あははっ。夏祭りあるからさ、そこで三船さんともう一度話し合いなよ。新しい恋が始まっちゃう前に」


「……うん。そうする。ありがとうななちゃん」


「どういたしまして」


 電話を切る。恋。これが恋。私がずっと恐れていた感情。私の中には芽生えないものだと思っていた。芽生えてほしくないと思っていた。けれど、相手が彼女なら、悪くないと思える。彼女に抱きしめられると安心する。守られてると感じる。ドキドキしたのも、今思えば恋だからなのだろう。恋をするとドキドキするとみんな言っていた。意味がわからなかったけど、今ならわかってしまう。ななちゃんとハグした時にはドキドキなんてしなかったから。


「……三船さん、浴衣買えたかな。どんなの着てくるかな」


 想像すると、またドキドキしてしまう。今までなんとも思わなかったのに、三船さんのことを考えると動悸が止まらなくなる。恋ってやっぱり、よく分からない。本当にこれが恋というものなのかも分からない。

 もし本当にこれが恋なら、自分は恋をしない人間だと言ったくせにという人もいるかもしれない。裏切りだと言う人もいるかもしれない。だから、この感情を恋と断定するのは少し怖い。だけどきっと、七希くんと新くんは言うだろう。『どうでも良い』と。だからきっと、これが恋だとしても、大丈夫だ。


「……私は三船さんが好き」


 声に出して呟く。三船さんが私にくれた好きと同じものだと断定することはまだ出来ない。出来ないけれど、同じだと良いなとは思う。同じならきっと、もう叶わない恋に苦しまなくて良くなるはずだから。

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